「社会人一年目の新人には、覚えることが在りすぎるんだよ! おまけに営業職ともなると、忙しさも半端じゃないんだ。会う機会が減ってしまうのも無理ないだろ?」
「ハッキリ言ってよ。私と仕事、どっちが大事なの!?」
「どっちも大事なのに、『どっちか選べ』なんて言うなよ。オレの気持ちも分かってくれ!」
「――――ッ」
大学から独り暮らしをしているオレは、自分で言うのも何だが、料理が得意だ。
「イマドキの男性は料理くらいできなきゃ」という母親の元、オレも弟も小さい頃から厨房に入らされてイロイロ教えられた。おかげで食うことに関しては、全く不自由していない。
付き合っていた女と喧嘩別れして2年が過ぎ、仕事も落ち着いてきて「そろそろ彼女が欲しいな……」と思っていた頃に、ある女と出会った。
そのときのオレの印象は“最悪!” だっただろう。
だけど“運命”ってやつは、不思議なモンだと思う。いや本当に……
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
「へぇ〜〜 『むぎめコーヒー』って、変わった名前……」
会社帰りに寄ったスーパーで買い物をしていたオレの耳に、信じられない台詞が聞こえてきた。
「オマエ馬鹿!?」
「え…?」
オレの方に顔を向けた女性に、牛乳パック片手に教えてやった。
「それは『麦芽(ばくが)』って読むんだよ!」
「あ、……そうなんですか……」
「オマエ、こんなのも知らねぇのかよ。社会人なんだろ? ホント馬鹿だよな」
―― 読めないのはオレの弟だけかと思ってたのに、まだ他にも居たのかよ……
ウンザリしながらも「この顔、どこかで見たことあるような……」と考えながら、オレは彼女をジロジロと見ていた。
「馬鹿馬鹿、って……。なんで初対面のアンタに言われなアカンの!?」
「……え?」
「アンタかて、間違うことくらいあるでしょ? 今までノーミスで生きてきたワケちゃうでしょ? そんな偉そうに、人を見下した言い方せんでもええやんか!」
怒鳴った彼女の台詞や言葉遣い(関西弁)と表情に、オレは驚いた。と同時に、自分が彼女に対して失礼な態度を取っていたということに、ようやく気付いた。
だが時は既に遅く、彼女はクルリと方向を変えて歩き出していた。
「あ、おい……」
引き止めて謝ろうとしたけれど、彼女はオレを無視したまま店を出てしまった。
後に残ったのは自己嫌悪ばかり。
「こんなに後悔したのは、あの時以来だな……」
彼女が出て行ったドアを見ながら、ひとりごちた。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
帰宅して食事も済んだあと、ラグの上に寝転びながら、あの時―― 祖母が亡くなった日に出会った女の子のことを思い出していた。
大好きだった、父方の祖母。
小学生のオレには遠くて、正月と夏休みくらいしか会えなかったけど……オレとは違うイントネーションも、おっとりとした話し方も好きだった。
なのに亡くなってしまって、悲しくて、寂しくて、でも人前では泣けなくて……
独りで泣ける場所を探して祖母の家を出て近くの公園へ行ったオレは、可愛い女の子に出会った。
空っぽの鳥かごを胸に抱いて、ベンチに座って空を見上げてたっけ。
オレは「オマエ、バカだろ!」と……いっぱい酷いことを言って泣かせてしまった。本当は優しくしたかったのに……。
名前は確か、『あかねちゃん』。
あれから母親が探しに来て、あの子は家に帰っていったけど……今でも、泣き顔が忘れられない。
―― ん? ……もしかしたら……あの子かもしれない!?
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
翌日、取引先に行って驚いた。
―― まさか昨日の彼女に会えるなんて!
彼女の名前を聞いて「あの子だ!」と確信したオレは、今度こそ間違いのないようにと……ちゃんと彼女に向き合って謝った。
それからは……嬉しい気持ちを上手く隠しながら、平静を装って話を進めていった。
元は営業だから、こういった会話は得意だ。
それに彼女・茜(あかね)との遣り取りは、最高に面白い♪
「オレが開発チームの責任者だ」
「そんなん聞いてへん! 榊さん、なんも言わんかったやん」
「今、言った」
「イケズや〜〜!」
―― いけず!?
「何だそれ」
―― ばあちゃんは使ってなかったぞ?
「『イジワルや〜〜!』て言うてるのっ! 始めから分かっとったら……」
「引き受けなかったか?」
―― おい、今更そんなこと言うなよ?
「そうやのうて、言葉遣いのこと! ……やっぱし榊さんイケズやわ。榊さんが私の上司になるんやったら、敬語を話さなアカンでしょ? せやのに初対面がアレやったし、今日かて普通にしゃべってるし。もう今更、修正できひん……」
「気にするな。オレも初対面から、酷かっただろ?」
―― 昔も、昨日も、な
「せやけど……」
「オレが公私共に、しっかりと茜の面倒を見てやるから心配しなくていいぞ♪」
「え? なんで“公私共に”やの?」
「『オレの所に来てくれる』って言っただろ?」
「ちょっと待って! そんな意味も入ってたん!?」
―― 当然だ
「茜はオレを2度、惚れさせた」
―― 小学生の時と、昨日……いや今日か?
「私、そんな覚えないもん」
―― 言ってねぇもん♪
「オレは、これから何度でも茜に惚れるんだろうな〜」
「んなこと言われたかて……」
「オレ、本気で落とさせてもらうから『長谷川さん』なんて呼べない。OK?」
「そんな〜〜」
ちっこくて、可愛くて、関西弁、ていうのが……どうやらオレのツボらしい(笑)
周りの奴らから「公私混同だ」と言われたって構わない。開発チームの責任者に抜擢されて、本当に良かったと思う。
茜、覚悟しろよ♪
あ、そうだ。
昔のことは……折を見て、話してやるよ。オマエは昨日が初対面だと思ってるから、聞いたら驚くだろうな〜
でも頼むから、あの話を聞いてもオレのことは嫌いにならないでくれよ! な?
― End.―