もうすぐゴールデンウィークに入ろうという、ある日。
朝のホームルームで、担任の中島(なかじま)先生が進路調査のプリントを配った。
1年の時から数えて2回目。
2年に進級してからは、初めて。
「好きなことを職業に選ぶ者もいれば、そういうのは嫌だと思う者もいる。自分はどっちだ? 将来、何をしたい?」
―― 私は、もう決まってる
「自分がやりたい事、就きたい仕事が決まっている者は、どんな資格が要るのか。どんな学校に行って、どんな勉強をしたらいいのかを、よ〜く考えろよ〜」
―― うん、そうよね。よ〜く考えなくっちゃ
「調理師になるには、その免許も腕も要るだろ? だから調理師の学校に行って勉強する。教師になるにも、その免許が要るだろ? だから大学の教育学部ってとこに行って勉強する。……そういうことだ」
「えぇー! オレ、まだ全っ然わっかんねーよー!」
太田(おおた)くんが、頭をかかえてる。
「今すぐに決めろとは言わん。まだ漠然としていて分からん者は、進学か就職か…だけでもいいから書いておけよ。こういう調査は3年生の5月まで、ええと……あと4回するからな。そのうち自分の考えがまとまってくると思うぞ?」
「なんだよ〜、脅かすなよな〜〜」
「太田〜 復活、早すぎ〜〜 おまえ、な〜んも考えてねーだろ?」
『あいつ』が茶化すと、クラスのみんなが爆笑する。
「…ははっ、ゴールデンウィーク明けに集めるからヨロシクな。親とも相談しろよ。じゃ、今朝のホームルームは終わり!」
私は、野々村真紀(ののむら まき)。桜花爛漫(おうからんまん)学園高等部 文系普通科2年4組、花の女子高生vv
中等部のときからずっとココの吹奏楽部所属で、アルトサックス吹いてます。
2つ下の妹、その1つ下の双子の弟、その4つ下の妹……と、イマドキ珍しい5人兄弟の一番上。
母といっしょに下の子たちの面倒を見ていたから、子どもが大好きだし……こうゆうのは得意なの。
「真紀ちゃんて、面倒見が良くって優しくて。お姉ちゃんみたいvv」
な〜んて同級生に懐かれることもあるんだけどね。
将来は幼稚園の先生になる予定♪ってゆうか、絶対なる!って決めてるの。
さっきの『あいつ』は、杉野鉄平(すぎの てっぺい)。
頭が良くて、明るくて、陸上部で長距離走ってて、クラスのムードメーカーで……と、非の打ちどころが無いくらいの男子。
顔もカッコイイ部類に入ると思う。
でも私にとっては「天敵」ってゆうか……いつも何かと構われてる、のよね……
悪い意味で。
「いちいち相手するから、面白がられるのよ。無視したらいいのに」
って、親友の裕美(ゆみ)たちは言うんだけど……
昨日の昼休みも、裕美たちと中庭で話してたら『あいつ』がイキナリ
「野々村のバカヤロ〜〜!」
って2階の教室から顔出して叫んだのよ!
「杉野のバカーーー!」
私も即、返したわよ。悪い?
だって『あいつ』の方から仕掛けてきたんだもの、負けてられますか!ってのよ。
2年に進級して間もないのに、『あいつ』と同じクラスになってから…てゆうか、『あいつ』に関わってから、「気が強い女」のレッテルを貼られたような気がする。
なんか「花の乙女」から遠ざかっていってる、みたいな……
このクラスのまんま、3年生になって卒業式を迎えるなんてヤダなぁ〜
こんなんじゃ、素敵な彼氏なんて出来ないよ〜〜
どうしてくれるのよ! もう……
それもこれも、みんな『あいつ』のせいだーー!!
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
ゴールデンウィーク。妹や弟たちもリビングに集まってきて―― 私の進路調査のプリントを前に、家族会議なるものが始まった。
「……なんであんたたちまでココに居るのよ」
別に聞かれてまずい話じゃないけれど、なんだか落ち着かない。
「今後の参考のために、聞いておこうと思って」
すました顔で答えるのは中学3年生の美智(みち)。
「「姉ちゃんが大学に行ったら、僕たちの小遣いが減りそうで心配だし〜」」
ピッタリと声を合わせて言うのは中学2年生の双子たち、進(すすむ)と歩(あゆむ)。
「……だって、みんなココに居るから……」
私の隣に座りながら、俯き加減で答える小学4年生の萌(もえ)。
「はいはい分かったわよ。居ていいけど、横から口出ししないでよ?」
―― はぁ……
両親と話し合った結果、専門学校じゃなくて4年制の大学に進学することにした。
「幼稚園教諭の免許と小学校教諭の免許、両方持てたらいいだろ? 学費のことは任せなさい。その代わり大学生になったら真紀の小遣いは無しにするから、何かバイトをして小遣いに充ててくれ」
という父の一声で決まったようなものだけど、私はとても満足だった。
小遣い減額!? の心配をしていた弟たちも納得したようだし。
ホントよかったわ。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
暑〜い夏休みも終わり、二学期に突入。
待ちに待った『桜祭(さくらまつり)』が始まる!
―― 忙しいけど、めっちゃ楽しいんだよ?
体育祭(2日)と文化祭(3日間)をくっ付けて水・木・金・土・日の5日間ぶっ通しで行なわれる祭りで、学校名(桜花爛漫学園)から『桜祭』と呼ばれるようになったの。
初日は中等部の体育祭、二日目は高等部の体育祭。
文化祭は、中・高いっしょ。家族だけじゃなく一般人も出入りOK。
吹奏楽部は体育祭の入場行進のときに行進曲を演奏して、校歌斉唱のときに校歌を演奏する。二日間とも、高等部の私たちが。
文化祭のステージは、中等部のみ・高等部のみ・合同演奏…と盛りだくさん!
だから夏休みの間は、練習練習の毎日で……。合宿も吹奏楽コンクールもあったし、学校にも通い続けた。
もう汗だくだくで、大変だったんだよ〜〜
「音がどの辺りまで聞こえるか確認したいから、実際に運動場で演奏するぞ〜 今から楽器を持って集合〜!」
放課後の音楽室に、部長の声が響く。そしてみんなが本部席になるであろう場所の隣に大移動して、いつものように並ぶ。
離れた場所にいる部長の指揮を見ながら演奏を開始する。と……
―― え? あいつ?
走ってるトコ、初めて見た。長距離って聞いてたけど……けっこう速いみたい。
さすが! 綺麗なフォームをしてるな……
あんな顔もできるなんて知らなかった。
あいつの真剣な顔って、けっこうイイじゃん。
クラスでフザケテばっかいないで、こんな顔してればいいのに。勿体無いな〜
……てゆうよりも、私に対するあの態度こそ、どうにかしてほしいもんだわ。
まったくもう……
あーだこーだ考えながらサックスを吹いていたら、『あいつ』と目が合った。
《ニコッ♪》
―― うそ! いま笑った?
なんで私に笑いかけるの? え、…何? 私、今…ドキドキ、してる?
一体どうしたんだろ。
なんで胸が……
あっヤバイ! 音、間違っちゃった。