番外編1
初めて会ったのは、放課後の音楽室。一瞬、小学生かと思った。
―― こんなサイズの制服って、あるんだ……
小さくて可愛くて、腰まであるストレートの黒髪が艶々していて……日本人形みたいな女の子、木村裕美(きむら ゆみ)。
頬を染めながら僕の顔を見て「入部します」なんて言うから正直、ちょっとガッカリしてしまった。
僕や兄に見惚れて入部してくる子は実際いるし、そういう子たちは長続きしない。
それどころか部内で揉め事を起こすこともあるから、そんな子たちにはもうウンザリしている。
もしかして木村さんも!? なんて思ったら、温かい言葉もかけられなかった。
あとは部長の大野君に任せて、様子を見させてもらうことにした。
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どうやら彼女は違ったようだ。
クラリネットを吹いた経験が無いから、最初は戸惑っていたようだが―― 態度も真面目だし、早朝の自主練習にも参加しているし―― 指導役の有田さんも「飲み込みが早くて、とてもいい子ですよ♪」と誉めている。
そのうち皆と一緒に、合奏にも参加できるだろう。
本当に、いい後輩ができて良かった。
そう思っていた。
夏休みの、合宿最終日の夜までは。
★そのときの様子…⇒肝試し
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あれから彼女のことがとても気になって、つい目で追ってしまう。
今までの僕は、女の子と付き合ってたときでも、こんなことしなかった。こんなに気になる子は、いなかった。
今までの僕は冷めていた、のだろうか?
新しい自分を発見できるのは彼女のおかげ、なのかな……
彼女は相変わらず―― 僕と目が合うと頬を染める。
『肝試し』のときのことがあったから、もしかして嫌われたかも?なんて思っていたけれど、どうやら大丈夫らしい。
ほっとした。
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あれから桜祭も無事に終わり部活を引退した今、彼女に会えなくなってから―― やっと自分の気持ちが分かった。
僕の方から告白なんてしたことなかったから、気付くのが遅れたけれど
彼女の隣に居てもいいのは僕だけ! って思うくらい
彼女を守ってあげられるのは僕だけ! って思うくらい
彼女に意地悪をしても許されるのは僕だけ! って思うくらい
彼女を抱きしめてキスしてもいいのは僕だけ! って思うくらい
彼女の笑顔も泣き顔も独占できるのは僕だけ! って思うくらい
彼女のことが好き。
よし決めた!
まず進路指導の先生に言って、志望校の変更手続きをして……次は担任の中谷(なかたに)先生や両親、兄も説得しないといけない。
これからちょっと忙しくなるけれど、それもこれも僕と彼女のためなんだ、頑張ろう。
僕が本気になったんだから、もう逃げられないよ。
―― 木村さん、覚悟してよね?
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親元を離れて下宿して国立大学に進む予定だったのを、隣県の私立大学―― それも兄と同じ学校に、変更した。せっかく自分の気持ちを確認できたのに、彼女と遠距離恋愛になってしまうのは嫌だったから……というのが理由。
だけど11月も半ばに入ってからの志望校変更は、周囲の者を慌てさせてしまった。
両親に対しても、すまないと思っているが……いちばん大変なのは受験する僕なんだから、その辺は勘弁して欲しい。
「あの学部に関しては、私立大学の方が偏差値が高いんだぞ!」と声を大にして言いたい僕だった。
12月に入ったある日。
そんな僕の努力を、あざ笑うかのような事が起こった。
羽山さんに呼び出され、泣きつかれ、兄に対する文句を言われて……僕にとってはもう慣れてしまったことなんだけれど、その光景を彼女に見られてしまった!
人の気配に気づいて見たのは、彼女の後ろ姿。だから彼女が、どんな顔をして僕らを見ていたのかは分からない。けれども「誤解されたかもしれない!」と思うと、とても冷静では居られなかった。
これまで何度となく他人に見られたことがあるのに、“彼女に”見られたことで、自分自身がこんなに動揺するとは思わなかった。
―― どうしよう。彼女に説明しに行く? いや、でもそれは……
僕たちはまだ付き合っていない。
意思表示さえもしていない僕が、わざわざ言い訳しに行くのは変だ。とにかく今は、志望校に受かることだけを考えよう。
将来のため、彼女を手に入れるための努力は惜しまない。
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年も明け、僕たちは無事に受験を終えた。
そして兄と共に合格通知を受け取った、その足で―― 進路指導の先生と担任に報告するために、学園に来た。
―― 僕にとってはそれだけじゃなくて、彼女に告白をするためでもあるけれど……
職員室に寄ってから、音楽室へ行く。
やっぱり彼女は、僕と目が合うと頬を染めて挨拶してくれて……そんな表情を見ると、今すぐにでも傍に行ってギュッと抱きしめたい衝動にかられる。
こんな僕を誰が予想できただろう、自分でも信じられないくらいだ。本当に彼女って、僕の新しい部分を発見させてくれる子だなと改めて思う。
近付いて告白した僕の言葉に、彼女の目から涙が零れて落ちていく。一筋の涙が、こんなに綺麗なものだなんて……僕は知らなかった。
また泣かせてしまったけれど、今度のは嬉し涙なんだから……イイよね。
僕の腕の中にすっぽりと入る小さな体を抱きしめながら、髪の毛を撫でる。そして僕を見上げてきた彼女の額に、キスを落とした。
音楽室の中央付近。
僕の腕の中で、トマトのような真っ赤な顔をして固まってしまった彼女。
その一部始終を顧問の楢崎先生も、部員の皆も見ていた。
だけど、そんなことは気にならない。むしろ見せつけてやりたいくらいだ。
手を出したら許さないよ。
彼女は僕の、なんだからね。
― End.―