番外編1

事態の収拾

― 吹奏楽部顧問 : 楢崎洋輔(ならさき ようすけ) ―

 

 目の前で繰り広げられた告白劇。熱い抱擁(ほうよう)を交(か)わす2人。

 飛び交う悲鳴、囃(はや)したてる声……それだけなら、俺は別に何も言うまい。

 だが2人とも俺の教え子の、現役高校生!!

 しかも学校の音楽室の、ど真ん中だぞ!?  

「おい、いつまで抱き合ってるつもりだ!? さっさと離れろ!」

 

 コイツに、こんな風に言えるのは俺だけだろう。

 同期でも、ましてや後輩がコイツに怒鳴るなんて到底無理。教師でさえ言い負かされる者が居るくらいなのだ。 

 こんなに音楽室が騒々しくなったのは、赴任以来、初めての事態。

―― それもこれも全部、コイツが……

 

 こんな状態では楽器を演奏するのは無理だろう、と判断した俺は

「今日は休みだ。明日の練習までには、きちんと気持ちを切り替えておくように」

 そう部員たちに告げ、当事者の2人を連れて教官室へ向かった。

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

「この策士め!」

 部屋へ入り、扉を閉めてからヤツの方を向いて、言う。

「僕のことですか?」

 すました顔で答えるヤツ。オドオドしながら、その様子を見ている彼女。

―― えらく対照的な2人だな……

 

「他に誰が居る? 俺が知る限り……瀧川稔、オマエ以外に居ないぞ」

「楢崎先生に認められるなんて、光栄ですね」

「バカヤロウ!」

「きゃあ!」

 やり取りを聞いていた彼女が悲鳴を上げて、稔の背後に隠れる。

「裕美を怖がらせないでください。いくら先生でも、怒りますよ?」

 そう言って彼女を庇(かば)う姿はもう、“一人前の男”だった。

 

「中等部に入学してきたときは可愛かったのに。いつの間に、こんな口をきくようになったのか……」

「先生に、随分と鍛えられましたから」

「今まで何百人という生徒を見てきたが、こんなのはオマエが初めてだ」

「じゃあ……元々、僕の中に存在していたモノが開花したのかもしれませんね」

―― その切っ掛けは、俺? それとも……彼女か?

 

 ふと彼女を見ると、稔の背後から俺のことを窺(うかが)っていた。

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

「驚かせてすまなかった。いつものことだから、気にしなくていい」

「え…? そうなんですか?」

 戸惑ったような表情で、俺と稔の顔を交互に見やる彼女。

「俺と対等に話ができる生徒は、稔だけだからな。時々『コイツは本当に高校生か!?』なんて思うことがある」

「僕は正真正銘、高校生です!」

「見た目な。でも精神年齢は、+10歳以上だと思うぞ」

「「28歳!?」」

「先生……いくらなんでも、それは酷いですよ」

「さっきの騒ぎにしても、正々堂々と告白しよう……と思ってのことだろ?」

「ええ。それに――」

「部員の皆に知らしめて、木村さんの味方になってもらおうとした?」

「ご名答♪」

「やはりな」 

「僕は校舎の屋上や体育館の裏で、こっそりと告白なんてしませんよ。それに……
学園に残していく裕美のことを考えたら、とても心配で心配で……だから…」

「それは部員の皆にも通じただろうから、オマエは心置きなく卒業生代表の役目を全うしてくれ」

「何を言うんですか、僕の席次は3番なんですよ?」

「志望校を変更した際に、猛勉強したんだろ? 結果、ダントツで1番になった。
担任の中谷(なかたに)先生も喜んでたぞ」

「面倒な。……僕は、そんなことをしたくありません。猛勉強したのも――」

「彼女のため、か?」

「そうです」

「だが、これはもう決定事項だ。『学生に、あるまじき行為』に及んだからには、
『最も学生らしい行為』で応えろよ」

「『学生に、あるまじき行為』……ですか?」

「俺の目の前で“あんなこと”をしておいて、無事に済むとでも思っていたのか!?」

 そう言い放ってやったときの、アイツの顔ときたら……

 

 何年ぶりかで稔の不貞腐(ふてくさ)れた顔を見た俺は、腹を抱えて大笑いした。

 

 

― End.―

2009.04.09. up.

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