続編
「か……係、長……ちょっ、と……やぁっ……」
「『係長』じゃないだろ?」
由紀の背後から羽交い絞めにし、首筋と耳を舐めるように口づけしていく。
「……こ、いちろ……さん…。ここ……かいしゃ……ぁ…」
普段は身を任せてくれる由紀が、僅かに抵抗する。
でも僕は気にしない。むしろその様子を楽しんでいるくらいだ。
此処は第1会議室。(つまり僕たちの会社の中)
販売戦略会議が長引いたために、終業時間はとっくに過ぎていた。
部屋を片付けている由紀に「僕も手伝うから」と言って共に残り、2人きりになったところで内側から鍵を掛け……今、彼女を味わっている。
此処は他よりも防音に優れていて、大切な(たとえ社員であろうとも、聞かれては困るような)会議では、いつも使用している部屋で…
そういった長所を存分に利用させてもらって、由紀に甘い声を出させている。
これは、ある“賭け”のためにしたこと……
絶対に無理強いはしたくない、と思っている。
でも由紀を求める僕は、もう理性で抑えられるギリギリのところまできていて、いつ限界を超えてしまうか分からない状態になってしまっている。
そこで僕は「由紀から求めてくれるような状況を作ろう」と思い立ち、行動に移すことにした。
煽るだけ煽って、由紀の体に火種をつけておきながら「続きは帰ってからだよ。楽しみだね♪」と言って、さっさと帰り支度をする。
自分でも、なんてズルイ奴なんだ! と思う。
でも、そんなズルイ事を思いつくくらいに僕は煮詰まっているんだよ。
―― ごめんね、由紀。
僕を欲してくれるのか、それとも……まだ無理なのか。
さて、君はどう出る?
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
浩一郎さんの車に乗って、2人のマンションへと帰る道。
いつものように助手席に座っているんだけど……私の体、何か変なの。
体が何かムズムズするような感じで…じっと座っていることができなくて……
―― どうしたらいいの?
浩一郎さんに相談したくて堪らないんだけど、運転の邪魔になったらと思うと……それもできない。
だから私はマンションの駐車場に着くまで相談するのは我慢しようと決めて、「お願いだから鎮まって!」って念じながら……今の自分の状況を、ちゃんと浩一郎さんに伝えられるようにしておこうと思った。
この感覚は、いったい何?
―― 分からない。こんなの初めて。じっとしていられないなんて……
どんな感じがする?
―― 熱くて…でもその熱を開放できずに燻ってるような……そんな感じかしら……
こうなったのは、いつから?
―― あの会議室で浩一郎さんが、背後から私に…………あ!
会議室での光景を思い出した途端に心臓がドクンと跳ねて、体がカッと熱くなった。
―― うそ……なに、これ!?
さっきは……浩一郎さんが手を止めたとき、ホッとした。
会社であんなことされたら、会議室を使う度に思い出しちゃって顔が赤くなって、仕事なんてできなくなっちゃう。
「続きは帰ってから」なんて言われたときは、「まだするの!?」って思った。
それなのに……
どうしてかしら、今は…あの手が欲しいの。
早く続きをして欲しいと思っているの。
浩一郎さんが欲しい、って………やだ、こんなこと思うなんて恥ずかし……
え?
私、もしかして……淫、乱!?
こんなハシタナイこと考えていたら……浩一郎さんに、嫌われ……る……?
!!
そんなのイヤ!
嫌わないで、お願い……
行き着いた考えに怖くなった。体が震えて、涙が溢れてきた。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
僕は車を運転しながら、助手席の方をチラチラと観察していた。
ねぇ由紀、体をモジモジさせて……なんだか落ち着かない様子だね。
僕がつけた火種が、ジワジワと効いてきたのかな?
また眉間に皺を寄せて考えているんだね。
どうだい? 考えは、まとまりそうかい? 顔が赤いよ?
由紀の顔を見ていると、考えていることが手に取るように判る。
そろそろ僕の望んだ結果が出そうだと思った、そのとき!
由紀の顔が急に青ざめたかと思うと、体が震えて……目から涙が!!
「どうした!?」
―― まさか!
最悪の結果になってしまったのだろうか。
「由紀、どうして泣いているんだ?」
何度聞いても両手で顔を覆ったままで、僕の問いかけに応じることなく首を小さく横に振るだけ。
―― 運転していたら、抱きしめて慰めることもできないじゃないか!
震える由紀を早くこの手で抱きしめたくて、車の速度を上げて家路を急いだ。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
ようやく涙も出なくなってきて……今、私たちはリビングのソファに座っている。
ううん、厳密に言うと……ソファに座っているのは浩一郎さん。私は浩一郎さんに横抱きにされて、彼の膝の上に座っているの。
そんな状態で顔を覗き込まれて、「どうして泣いたの。何を考えていたの?」って聞かれているんだけど……
正直に言ってもいいのかしら……
私のこと、嫌いにならない?
あなたに嫌われたら、私………
あ……嫌、また……
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
やっと帰宅して、由紀を抱きしめることができた。
落ち着いて話を聞こうとしたところで、また! 由紀が泣きだした。
―― 一体どうなってるんだ!?
「何でもいいから、話してくれないか? 僕に対する不満でも、何でもいいんだよ。思っていることを全て、ぶちまけてくれ。君を独りで泣かせたくない」
「……浩一郎、さんに……不満なんて、無いわ…。私の……方が……嫌われ、る……」
―― どういうことなんだ?
「そんなの有り得ないよ。ねぇ由紀、どうしてそんなふうに思うんだい?」
「言えないわ。……言えば……嫌われる、もの……」
「理由を聞かなきゃ、何も分からない。それに僕は由紀を嫌ったりしない」
心配しなくても大丈夫だよ、と言って彼女を抱く手に力を込めた。
そうして漸く聞き出した話に、僕は体の力が抜けるような感覚を味わった。
彼女には悪いけど、僕にしてみれば「なんだ、そんなことで!?」と思うようなことだったから……安心した。
由紀も僕を欲しいと思ってくれた!
その事実が嬉しい。
「由紀は……『女性からは何も言っちゃいけない』って教えられてきたの?」
「『好きな人からの行為を拒否してはいけません、ちゃんと受けなさい。女の方から強請るのはハシタナイのよ。そんな淫乱な女は嫌われるわ』って……母が……」
「お父さんは、何も言わなかった?」
「父は……何も。ただ……行儀作法や言葉遣いは、厳しく教えられたわ」
「道理で……」
納得した。それで同年代の子たちよりも、言葉遣いが丁寧なのか。
―― でも淫乱云々の考え方は訂正しておかないと、ね……
「お母さんの意見に賛同する人も居るだろう。けど僕は由紀の方から言ってほしいよ。僕だけじゃなくて、由紀も僕を求めてくれる! ……そんな関係がいいな」
「言ってもいい……の? 嫌いにならない?」
「それどころか嬉しいよ? 僕は……女性にも性欲はあると思う。好きな人と抱き合いたい、っていう気持ちは……男女共、あるんじゃないか?」
「性欲って……」
ポッと頬を染めて俯く由紀は、とても可愛い。だけど僕は、ここで話を終わらせない。
「由紀は、僕を求めてくれる? 僕と抱き合いたい……SEXしたいと思う?」
「……浩一郎さんが……欲しいの。……したい……」
俯き加減で言うから聞き取りにくかったけれど、……良いよ。
僕が望んでいた「欲しい」と「したい」を言ってくれただけで、もう充分だ。
「ベッドへ行こう」
由紀を横抱きにしたまま立ち上がり、寝室へと向かった。
そして……
僕たちは、“身も心も繋がった恋人”になった。
― End.―