ウソみたい……

(01.香織)

 

 

「パソコン教室。…3日間で……一万五千円!?」

ある日、新聞の求人欄を見ていた私の目に留まった広告。

 

   まぁ!なんてタイミングがいいんでしょ♪

   でも…3日間で一万五千円は、高いんじゃないの?

   一万五千円…一日あたり五千円…いまの私は、失業中…

   う〜〜〜どうしよう………どうしよう………どうしよう……

   ………よし決めた!しっかり一万五千円分、学んでこよう!

 

たった5行の広告に、私の心は掻き乱された。

 

「あのね、チィちゃん…」

妹が帰宅したところで、『パソコン教室』のことを話した。

「変なところじゃないよね!?」

「変なところ、って?」

「『パソコン教えます』って言って、高額なパソコン買わされたりしないよね!?」

「たぶん…大丈夫と、思う…よ?」

「たぶん?」

「うん…。もし、そんなこと言われたりしたら『いま失業中なんです!お金無いんです!』って、ちゃんと言うよ?」

「それで通用すると思う?ローン組まされたりしたら、どうすんのよ。ちゃんと『嫌』って、ハッキリ言わなきゃダメだよ?」

「そんなに心配しないでよ。…いま、私は就職したいの。そのために勉強しなきゃいけないの。だからコレを受ける。受講料の一万五千円の他は、相手側には一円たりとも支払いません!…これでいいでしょ?」

「……わかったわ。でも、何かあったら絶対に言ってよね?」

「もちろんだよ♪」

 

私は早速、申し込みのハガキを書いた。

 

本来なら親に相談すればいいんだろうけど…私たち姉妹は、お互いに相談しあって、問題を解決してきた。

なんだかんだ言いながらも、実は仲が良い。

父は昨年、脳内出血で亡くなって…もうすぐ一周忌。

母は短大を出てすぐ父と結婚したから『お勤め』をしたことが無い。ずーっと専業主婦なの。

家のローンは払い終わっているし、少しは蓄えもあるけれど…やっぱり生活費は要るわけで…。

私と妹の給料(全部じゃないけど)を家に入れて生活している状態だから、何もしないで家でゴロゴロなんて、できないの。

そこのところは妹も、よく分かってる。…だから応援してくれたんだよね?

 


さて、頑張って勉強するぞ〜〜!

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

駅前の大きなビル。その5階でパソコン講習会は始まった。

3日間。昼休みを1時間挟んで、10時〜16時まで……私は真ん中の一番前の席に陣取って、受講した。

一万五千円分、せっかく払ったんだから…しっかり勉強しようと必死だった…。

 

 

 

最終日、16時を少し過ぎた頃。

やりきったぞ〜!…という充足感を味わっている私のところへ、講師の人が近づいてきた。

「えらく熱心に勉強されてましたね」

「はい。受講料の分、しっかり覚えようと思って…」

 

正直に答えてしまった。(他に言い方があったかも知れないのに)

 

「実は私、こういう者なんですが…」

名刺を差し出され、それを受け取る。

「はい…(…『(株)T&F』?…人事課 課長!?)」

「人事課長の酉島尚吾(とりしま しょうご)といいます。羽山さん…ちょっと食事でもしながら、お話しませんか?」

「は…い…」

 

酉島さんは、私の名札をチラッと見て名前を呼んだ。

状況をちゃんと把握できないまま、曖昧な返事をした私は…酉島さんに誘われて食事に行き、そこで信じられない話をされた。

 

 

「羽山さん、ウチの会社で働きませんか?」

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

酉島さんと別れて帰る道。

私の頭の中では、さっきの話がグルグルと回っていた。

 

酉島さんの話を要約すると…

   パソコンの講師はアルバイトで、本業は(株)T&F の人事課長。

   急に人員を増やすことになって人材を探していたところ、

   一生懸命、学ぼうと勉強している羽山さん(=私)に目が留まった。

   羽山さんなら、真面目に頑張って働いてくれると思って声をかけた。

 

 

いや〜〜〜まさかこんなことが起こるとは!

あんなに頑張っても『ご縁が無かった』のに、向こうから話が来るなんて、ねぇ。

 

 

ウソみたい……。

 

★『bitter&sweet』はランキングに参加しています★

 

 

← back    bitter&sweet TOP    next →

- An original love story -  *** The next to me ***

inserted by FC2 system