前途多難…かも(03.香織)
私の自宅は、とても便利な場所にある。 門を出て… 右に向かって徒歩5分の所に、桜花爛漫学園。 左に向かって徒歩7分の所に駅。 通っていた短大は、駅より遠いけど…それでも家から自転車で10分の所。 勤めていた保育園は、線路の反対側。でも、駅から徒歩3分の所。
だから、まぁ…要するに…『電車で』通学や通勤の経験が無いってことなの。 妹は大学の4年間、電車通学していたけど…私は『定期』を持ったことも無い。 だけど来週から勤める会社は…電車に乗って、5つ向こうの駅…。
私はドキドキしながら…係りの人に教えてもらって、記入した用紙を渡して… ちゃんと自分の名前が書かれているのを見たら、顔が緩んじゃって…えへへ♪ 大事に大事に財布の中へ入れて、自宅へ戻った。
初めての電車通勤。ワクワクしてきちゃった♪
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満員電車の中。 私は…ほんの数分前まで「楽しみ〜」なんて思っていたことを、後悔していた。
こんなに押したら潰れちゃう!っていうくらいギュウギュウ詰めで 顔の前には男の人の背中があって、まともに息さえ吸えなくて 周囲に埋もれてしまって…自分の背の低さを再認識させられて ホームに降りたときにはもう、ほとんど体力を使ったみたいに疲れてしまった。
それでも何とか、会社まで辿り着いたけど…こんな状態で、頭を使わなきゃいけないって…
結構キツイです…
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「総務って、ここだったんだ……。おはようございます♪」 この前に来たときは、気づかなかったけど…私は『総務』と書いたプレートのあるドアをノックして入った。
「おはようございます。今日からよろしくね」 私と似たような背丈の、とても可愛い人に笑顔で挨拶されてドキドキした。 嬉しくて嬉しくて 「はい。羽山香織です、よろしくお願いします」 そう言って…ふと左手の薬指に嵌っている指輪を見て、ビックリ! …結婚、してるの!?
「私は徳田優希(とくだ ゆうき)。夫は…システム開発に居るの」 「あ…すみません。私、そんなにジッと指輪を見たつもりなかったんですけど…気を悪くしたのなら、ごめんなさい。本当にすみません」 「そんなに恐縮しなくてもいいのよ?同い年なんだし♪」 「え!同じ…なの?…良かった〜〜 …じゃあ…私と友達になってくれますか?」 「ええ、こちらこそよろしくね」
私たちは「優希ちゃん」「香織ちゃん」と呼び合うことにした。
「で…早速なんだけど…私はこれから何をすればいいの?」 「約束の時間は9時なんでしょ?…まだ20分あるじゃないの。香織ちゃんたち『キーパンチ室』の上司は、営業の課長なの。ココに来るまで座ってたら?」 「ココ?」 「そ。広い室内を区切って『総務』と『営業』とに分けてあるのよ。ドアが別になっているけど、中は一緒なの」 「じゃあ…『キーパンチ室』は何処にあるの?」 「この部屋の奥。更衣室も、あるわよ」 「???」 「いい?」 優希ちゃんは紙とペンと持つと 「…キーパンチャーの人たちが使うドアはコッチで…更衣室のドアはコレで…」
位置関係を理解できない私のために、部屋の見取り図を書いて説明してくれた。
「へぇ〜〜 そうなってるんだ……。優希ちゃん、ありがとう」 「終わったか?」 「「え!?」」 見取り図に集中していた私たちは、背後の人に全く気付いてなくて。 頭上から声をかけられて、ビックリして振り向いた。 「あ、清水(しみず)課長…おはようございます」 優希ちゃんが頭を下げたから、私も同じように下げたけど…。 …誰?
「こちらが上司の清水課長よ?…課長、今日から配属された羽山さんです」 優希ちゃんが、私と課長さんとを互いに紹介してくれて…納得。 この人が、営業の課長さん。(なんか機嫌悪そうだけど…) 「羽山香織です。よろしくお願いします」 「ああ」 「…………(それだけ?)」 「行くぞ」 言うなり、クルリと向きを変えて歩いていく課長。 …付いてこい、ってことですか?
遅れて歩きながら優希ちゃんの方をチラッと見たら、苦笑していた。
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課長の後に付いて、キーパンチ室に入って…室長の高峰(たかみね)さんと顔合わせしたけど……この人も不機嫌だった。
初めて会うのに…まさか私の所為、なんて言わないよね? でも、この目は「なんで来たのよ!」って訴えてる。 もしかして…私は歓迎されてない…の!?
「…本格的に仕事に入ってもらうのは、来週の月曜からになる。それから…」 高峰さんに向かって事務的に淡々と話す課長は、凄いというか…何というか… この雰囲気が分からないの? それとも…分かってて話を続けてるの?
周りのことには無関心な人…なの?
「次、行くぞ」 「えッ、はい?(どこへ?)」 「キーパンチャーの講習だ」 「…はい!」
どんどん歩いていって、エレベーターに乗って…?ビルの外? え…と…駅に向かってる…の!?
「あの…どこまで行くんですか?」 「隣」 そう言いながら財布を出して切符を買ってる課長は…ホントにもう… 「隣の駅まで買ったらいいんですね?」 「ああ」
課長って…普通の会話は、面倒なんだろうか。 まぁ…聞いたことには、ちゃんと答えてくれるから…まだ良い方なのかな…?
電車の中でいろいろ考えていたら、課長がボソッと一言 「持っとけ」 「え?」 私は、自分の鞄を持ってるし……課長は手ぶら。 じゃあ…何を持てと? 「あの…」 言いかけた途端に
グラッ!
「キャァッ!」 電車が大きく横に揺れて、私は倒れそうになった。 のに… 倒れてない? 「だから『持っとけ』と言った」 「あ…ありがとうございます…」 課長が私の腕を掴んでくれたから、倒れずに済んだけど…
「持っとけ」=「この先、電車が大きく揺れるから、つり革か手すりを持っておけ」
こんなの、誰も理解できないってば! でも…課長は一見冷たいけど、そうじゃないと思うんだ。 私を助けてくれたし、それに…言葉足らずだったけど、ちゃんと教えてくれた。 苦手なタイプだけど、なんとかやっていけそうな気がする。
ただ、気になるのは高峰さんの…邪魔者を見るような、あの目がちょっと…ね。 この先、何も起こらなかったらいいんだけどな… |
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