そんなの無理…

(07.香織)

 

 

補佐の仕事さえ満足にできてないのに、メインの電源を任されてしまった。

 …失敗したらどうしよう…

重圧感に押しつぶされそうになった私は、帰宅後に『スーパーバイザー マニュアル』を捲りながら、頭の中で何度もシミュレーションした。

のに

翌朝、私は…緊張のあまり、手順を間違えて…メインをダウンさせてしまった…

 

「何やったのよ!!」

「すみません!順番を間違えて…」

室長には叱られて、課長には睨まれて…

キーパンチャーの皆さんは、呆れた顔で休憩室に入っていくし…

 

 

この会社のキーパンチャーは、自分が入力したタッチ数で給料が決まる。

ベテランの人や、休憩時間でも入力してるような人は、お給料が多い。

だから今回みたいなことが起きると…………不機嫌・ご立腹 etc...

メインが一度ダウンしてしまうと、再起動させるまで5〜10分は空けないといけなくて…それから電源を入れて、起動させて…

   作業ができるまで、どれだけの時間を無駄にする?

   その間、どれだけのデータ入力ができると思う?

 

 

「すみませんでした。電源が入りましたので、入力をお願いします」

復活して即、私は休憩室へ行って、皆さんに頭を下げた。

 

私…初っ端から、とんでもないことをやってしまいました…

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

お昼。

優希ちゃんと食事をしながら、今朝のことを話した。

「あんなに頭の中で何度も練習したのに、本番で失敗するなんて…自分でもホント信じらんないわよ…」

「大変だったわね」

「うん…。間違った箇所は分かってるから、もう同じ失敗はしないわ。…動き始めてた機械が、『あっ!やっちゃった』って思った途端に『ブゥゥゥゥ…』って…情けない音をあげながら、力が抜けていくような感じで止まっちゃったの」

「あらまぁ」

「もうあんな音は聞きたくないから、月曜の朝はバッチリ起動させるわね!って…当然か…。これが出来なきゃ仕事にならないもんね。頑張るわ」

「頑張り過ぎないように、気をつけてよ?」

「了〜解♪」

 

その後は、何も起きることなく無事に一日が過ぎていった…

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

月曜日。

出勤して、ビックリした。

「なんで透明になってるの!?」

 

先週の金曜日までは、総務課・営業課・キーパンチ室の間仕切りはクリーム色で金属みたいな材質の物だった。

それにドアが付いていて、互いに行き来していた。

なのにそれらが全て、腰から上の部分が透明のプラスチック製の物に変わっていて…(もちろんドアは付いてるけど…)

間仕切りが変わっただけのことなのに、他所の職場に居るみたいな感じがする。

 …何かあったのかなぁ…

 

「優希ちゃん、おはよ♪ あの間仕切り、見た?」

出社してきた優希ちゃんに聞いたら

「おはよ…。…あれね……えぇっと…」

何故か、言いにくそう…?

「え、なに?知ってるの? どうしたのよ、教えてよ〜〜」

「あのね。総務課で、香織ちゃんが着替えてたのを…お兄ちゃんと清水課長が、たまたま見ちゃったらしくって…それで…見通しよくしようってことになって…」

「!!!!」

私が原因なの!?

見られてたの!?

 

恥ずかしくて、恥ずかしくて…顔が真っ赤になってきた。

「いや、あの…香織ちゃんのことが切っ掛けになったのかも知れないけど…お互いに見えている方が、なにかと便利じゃないかって…それに防犯上の理由もあるとかで…」

 

私の頭の中には『どんな顔して課長に会えばいいの!?』しかなくて、優希ちゃんの言葉を聞いて理解する余地なんて全く無かった。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

慎重にメインの電源を入れて、ちゃんと立ち上がったのを確認してホッとする。

途端に、さっきのことを思い出して…穴があったら入りたい気持ちになってくる。

   見られていたなんて、恥ずかしい

   課長、どんなふうに思ったんだろう

   どんな気持ちで、私と話してたんだろう

   悪いのは私なんだけど…やっぱヤダな〜

 

なんてことを色々考えていて、ふと顔を上げて………

!!!

「…なんで少ないの!? なんで…」

もう始業4分前なのに、キーパンチャーが5人しか来ていない。

それに高峰さんも!

一体、どうしたの!?

 

そのとき営業の方のドアが開いて、清水課長が慌しく入ってきた。

 

「高峰さんがキーパンチャーを引き連れて辞めた。…君に室長をやってもらう」

「そんなの無理…」

一瞬で血の気が引いた。

身体がカタカタと震えてきて、涙が滲んでくる…

 

「俺がフォローする。しっかりしろ!」

「課、長…」

私の両肩に手を置いて、励ましてくれたから…縋るような目で見上げてしまった。

「…早急にキーパンチャーの募集をかける。心配するな」

「はい…」

 

とは言ったものの…私は、どうしようもなく不安だった。

 

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