不安も有るが…(11.琢磨)
「来週の月曜日から、この子が室長補佐として入ることになった」 ある日、俺は営業課の入り口で、社長の藤堂に呼び止められた。
「使えるのか?」 渡された履歴書に目を通しながら、問う。 「酉島さんがベタ褒めしてたし、それに…俺が面接したんだぜ」 「そうか(それなら安心だな…)」 「営業の仕事もあるだろうが、それは斎木係長に任せて ―― 清水さんには、彼女 ―― 羽山さんの指導と同時に、引き続き高峰室長の説得をしてもらいたい」 「了解」 「何か質問は?」 「無い」 「酉島さんも、俺も…あんな子に会ったのは初めてだった。とても新鮮だったよ。戸惑うこともあるかもしれないが、よろしく頼む」 藤堂はそう言って俺の手から履歴書を取ると、社長室へ戻って行った。
…とうとう決まったのか…… 俺の心は複雑だった。
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大学の後輩・藤堂と藤島が起こした会社は、俺にとって心地よい場所だった。
各々の能力や経験を考慮し、それが充分に活かされるように配された人事…。 俺は『適材適所』という言葉を、これほど実感したことはなかった。 「酉島さんは凄いよな…」 人事課長の采配は、藤堂社長以下、社員の誰もが認めるモノだった。
もう一人の俺の部下 ―― キーパンチ室の高峰室長 ―― は…… 自分の仕事にプライドを持ち、正確にこなす。 自分が正しいと思ったことには、頑固と言っていいほど主張する。 だが自分が間違っていたと分かったら、潔く認めて謝罪する。 こんなに仕事がしやすい『女性』というのは…俺にとって、とても貴重な存在だ。 だから今回、彼女を他所の部署へ異動させる為に説得するというのは…ハッキリ言って、気が進まなかった。 だがこれも彼女のスキルアップになる、と思うことにして説得を続けていた。
ただ気になるのは…後任の室長。 酉島さんの『人を見る目』は信用できるモノだし、社長の『勘』は驚くほど当たる。 そんな2人が推すほどの子だから、大丈夫だろうが…。
どんな子なんだ?
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年齢を詐称してるのか!?
週が明けて、月曜日。初めて羽山さんを見た俺は、本当にそう思った。 履歴書に顔写真は貼ってあったが、これでは……高校生にしか見えない。 …「中学生です」と言っても通用するかもな…
「こちらが上司の清水課長よ?…課長、今日から配属された羽山さんです」
徳田さんが互いを紹介してくれたが、 羽山さんが自己紹介をしていたが、 頭の中は「…こんな子に任せて良いのか!?」という考えで一杯だった。
漸く、何とか気を取り直した俺は… 彼女と高峰室長とを会わせる為に、キーパンチ室へと移動した。
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高峰室長に仕事の指示を出した後、俺は羽山さんと共に講習会場へ向かった。 いつもなら行き先の地図を渡して「此処へ行ってこい」と言うだけの俺が、なぜか彼女を案内している。
「あの…どこまで行くんですか?」 「隣」 そう言いながら財布を出して切符を買う俺。 なのに 「隣の駅まで買ったらいいんですね?」 彼女からそんな言葉が返ってきて、驚いた。(自分で言ったのに、変だが…) …普通、こんな言われ方をされたら文句が出るだろうに、この子は… そう思ったら、楽しくなってきた。
「持っとけ」 「え?」 電車の中。 もうすぐあの場所だ、と気付き…彼女に声をかけた。 すると彼女は自分の鞄を確認し……俺の手元を見て……と、俺が思っていた通りの行動と表情をする。 暫くの間、その様子を見ていたかったが
グラッ!
電車が大きく横に揺れた。 「だから『持っとけ』と言った」 倒れそうになった彼女の腕を慌てて掴み、そう言ったら…御礼を言われた。 律儀というか、何というか…こんな子は初めてだ。
確かに、不安も有るが…この子となら、やっていけそうな…そんな気がした。 |
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