不安も有るが…

(11.琢磨)

 

 

「来週の月曜日から、この子が室長補佐として入ることになった」

ある日、俺は営業課の入り口で、社長の藤堂に呼び止められた。

 

「使えるのか?」

渡された履歴書に目を通しながら、問う。

「酉島さんがベタ褒めしてたし、それに…俺が面接したんだぜ」

「そうか(それなら安心だな…)」

「営業の仕事もあるだろうが、それは斎木係長に任せて ―― 清水さんには、彼女 ―― 羽山さんの指導と同時に、引き続き高峰室長の説得をしてもらいたい」

「了解」

「何か質問は?」

「無い」

「酉島さんも、俺も…あんな子に会ったのは初めてだった。とても新鮮だったよ。戸惑うこともあるかもしれないが、よろしく頼む」

藤堂はそう言って俺の手から履歴書を取ると、社長室へ戻って行った。

 

 …とうとう決まったのか……

俺の心は複雑だった。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

大学の後輩・藤堂と藤島が起こした会社は、俺にとって心地よい場所だった。

 

各々の能力や経験を考慮し、それが充分に活かされるように配された人事…。

俺は『適材適所』という言葉を、これほど実感したことはなかった。

「酉島さんは凄いよな…」

人事課長の采配は、藤堂社長以下、社員の誰もが認めるモノだった。

 

 

もう一人の俺の部下 ―― キーパンチ室の高峰室長 ―― は……

   自分の仕事にプライドを持ち、正確にこなす。

   自分が正しいと思ったことには、頑固と言っていいほど主張する。

   だが自分が間違っていたと分かったら、潔く認めて謝罪する。

こんなに仕事がしやすい『女性』というのは…俺にとって、とても貴重な存在だ。

だから今回、彼女を他所の部署へ異動させる為に説得するというのは…ハッキリ言って、気が進まなかった。

だがこれも彼女のスキルアップになる、と思うことにして説得を続けていた。

 

ただ気になるのは…後任の室長。

酉島さんの『人を見る目』は信用できるモノだし、社長の『勘』は驚くほど当たる。

そんな2人が推すほどの子だから、大丈夫だろうが…。

 

どんな子なんだ?

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

年齢を詐称してるのか!?

 

週が明けて、月曜日。初めて羽山さんを見た俺は、本当にそう思った。

履歴書に顔写真は貼ってあったが、これでは……高校生にしか見えない。

 …「中学生です」と言っても通用するかもな…

 

「こちらが上司の清水課長よ?…課長、今日から配属された羽山さんです」

 

徳田さんが互いを紹介してくれたが、

羽山さんが自己紹介をしていたが、

頭の中は「…こんな子に任せて良いのか!?」という考えで一杯だった。

 

漸く、何とか気を取り直した俺は…

彼女と高峰室長とを会わせる為に、キーパンチ室へと移動した。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

高峰室長に仕事の指示を出した後、俺は羽山さんと共に講習会場へ向かった。

いつもなら行き先の地図を渡して「此処へ行ってこい」と言うだけの俺が、なぜか彼女を案内している。

 

「あの…どこまで行くんですか?」

「隣」

そう言いながら財布を出して切符を買う俺。

なのに

「隣の駅まで買ったらいいんですね?」

彼女からそんな言葉が返ってきて、驚いた。(自分で言ったのに、変だが…)

 …普通、こんな言われ方をされたら文句が出るだろうに、この子は…

そう思ったら、楽しくなってきた。

 

 

 

「持っとけ」

「え?」

電車の中。

もうすぐあの場所だ、と気付き…彼女に声をかけた。

すると彼女は自分の鞄を確認し……俺の手元を見て……と、俺が思っていた通りの行動と表情をする。

暫くの間、その様子を見ていたかったが

 

グラッ!

 

電車が大きく横に揺れた。

「だから『持っとけ』と言った」

倒れそうになった彼女の腕を慌てて掴み、そう言ったら…御礼を言われた。

律儀というか、何というか…こんな子は初めてだ。

 

 

確かに、不安も有るが…この子となら、やっていけそうな…そんな気がした。

 

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