それぞれの思い

(12.琢磨)

 

 

講習も終わり、彼女(羽山さん)が初出勤してくるという日。

総務に用があった俺は…思いがけす、彼女のナマ着替えを見てしまった。

俺だけじゃなく社長の藤堂も、だ。 

 

こんな所で脱ぐな!とは思っても、下手に声も掛けられず…黙って見ている俺。

子どもみたいな体型なのかと思っていたが、しっかり女なんだな…と感心しながらも、同じように横で見ている藤堂に対して…だんだん腹が立ってきた。

 

間仕切りを変えんと、いかんな。こんな場所で着替えようなんて気が起こらんように…

そうしろ。他の奴らに見せられるか!

藤堂が呟く声が聞こえたとき、俺は無意識のうちに言葉にしていた。

 

   なぜ藤堂に対して腹が立った?

   なぜ他の奴らに見せたくないと思った?

 

その答は……自分でも、分からなかった。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

「キーパンチ室の仕事が、私の天職なの」

そう言い切る高峰室長への説得は、難航していた。 

時には言い争うこともあった。

 

「あんな子、要らないのに!どうして採用したの!?」

感情が昂ぶった際に発した言葉に、俺は…もう説得するのは無理だと悟った。

 

 

そんな矢先に高峰さんが辞めた。

もしかしたら、という予感はあった。

だが、まさかキーパンチャーを引き連れて、という…会社側にとって、最悪の形になるとは…思いもしなかった。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

翌週の月曜日。出社して即、間仕切りが変わっているのに気付く。

 …さすがに行動が早いな…

藤堂の顔を思い浮かべながら、そう思う。

これなら総務もキーパンチ室の様子も良く見えるし、仕事もやり易い。 

 …羽山さんは、どう思うだろうか。変えた理由を知れば…

あの子がビックリしている顔を想像したら、口元が緩んだ。

♪♪♪〜

そのとき、俺の机の電話が鳴った。

 

 

「はい、営業課」

『おはようございます、高峰です。…清水課長でしょうか?』

「ああ。今頃どうした?」

腕時計をチラッと見て、時間を確認する。

 

『事後承諾になりますが、退職いたします。今まで、お世話になりました』

「何!?」

『退職届は郵送しましたので…昼頃には、そちらに着くと思います。私とキーパンチャー10名分ですので、宜しくお願いいたします』

「10名!? 1人で辞めたらいいだろう! 何故…」

『室長が辞めるなら一緒に辞めたい、と言って…私を慕ってくれる子たちなんです。見放すことなんて、できません。再就職先も、彼女たちと同じ会社です』

「羽山さんのことは?」

『あの話を聞かされてから……自分の意思を通すのであれば会社を辞めるしかないと、漠然と考えていましたので…彼女の所為で辞めた訳ではありません。でも…引き金になりました。彼女が現れたからこそ、自分の心の中が…自分のやりたいことがハッキリと見えて、決断することができました。…なんて…再就職先が決まった今だから言えることですけれど…』

 …今だから!?

 

「じゃあ、それ以前は……」

『彼女は何も悪くない、って…頭では理解していても、感情は…別でした。キツイことも言いましたし、態度も…最低だったと思います。その罪滅ぼしとは言いませんけれど…満智子が残ってくれます。満智子なら、必ず彼女を助けてくれます』

「渡部さん本人の意思で、『此処に残る』と言ってくれたのか?」

『はい。…私たちが別な形で出会っていたら…私、羽山さんのことを可愛がっていましたよ…。つい構ってあげたくなるような…そんな子ですもの、あの子は…』

それが出来なくて辛かったわ…、と言った高峰さんの声が哀しく聞こえた。

 

「高峰…」

『…今まで、ありがとうございました。では、お元気で。失礼いたします』

「ああ、元気でな」

 

受話器を置いた俺は、暫くその場所から動けなかった。

彼女のためになる、と…そう信じて説得を続けていたのに!

俺は本人の意見を無視して、会社側の意向を押し付けていただけなのか!?

そう思うと…やりきれなかった。

でも今は、悩んでいる場合じゃない!

 

 

俺は思考を切り替えると、キーパンチ室へ向かった。

 

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