思い出した過去

(17.琢磨)

 

 

朝、いつものように出勤し……課内の雰囲気が、ざわついているのに気付く。

サッと目を走らせ、その原因であろう人だかりの中心に居る人物を見て驚いた。

 …なぜ眼鏡を替えた!?

 

   いつもの眼鏡はどうした!?

   素顔を見せるんじゃない!

   周りの奴に笑いかけるな!

   ちやほやされて嬉しいのか!?

だんだん腹が立ってきて…羽山さんと目が合ったとき、おもいっきり睨んでいた。

 

俺は無性にムカついていた。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

あれから彼女(羽山さん)の行動が変だ。

おそらく、俺が睨んだことが影響しているんだろうが…。

 

冷静になって考えてみれば…彼女は、俺の女でも何でもない。

なのに俺は、他の奴に囲まれて笑っている様子を見て腹が立った。

今まで経験したことが無いくらい、ムカついた。

   これは独占欲というものなのか?

   これが嫉妬というものなのか?

それにしても…俺がこんなに、女に執着するなんて……自分でも驚いた。

 

 

 

「…今度の香織ちゃんの眼鏡、よく似合ってるでしょ?」

ある日、総務へのドアが少し開いていて…そこから漏れ聞こえてきた言葉に、俺は動きを止めた。

 …香織ちゃんの眼鏡?

目をやると、徳田さんが大橋課長と話しているのが見えた。

俺は…2人に気付かれないように、そっとドアに近づいて耳をそばだてた。

 

「あの黒縁眼鏡は全然似合ってないのに、視力は左右とも 0.1 だって言うし…コンタクトは入れるの怖いって言うし…。だから『新しい眼鏡を買おうよ♪』って誘ったんです」

「そうだったんですか。とても良い感じになりましたね」

「私が選んだんですよ? だって香織ちゃん、とっても可愛いのに…あの素顔を隠すなんて、勿体無いと思いませんか?」

 

 

なんだ、そういうことだったのか。

周囲の注目を浴びたいが為に、彼女自ら望んだ訳じゃなかったんだ。

なのに俺は…

   俺が支える! などと言いながら

   愛したい、愛されたい! そう思いながら

何をした?

睨みつけ、冷たい態度で接し……それに戸惑う彼女を無視していた。

 …そういえば、涙を浮かべていた日もあったな…

もう大人気ない態度は止めて、自分の感情に素直にならないと、な。だが…

 …俺の態度が急変した理由を知れば、あの子は怒るだろうか…

 

そんなことを考えていたのに。翌朝、彼女は以前の眼鏡を掛けて出社してきた。

 …何故だ!? 俺の態度が、そうさせてしまったのか!?

 

 

「午後に新規の原稿が来る。残業してくれ」

罪悪感や情けなさが混在した俺の口から出たのは、必要最低限の言葉だけ。

一瞬、寂しそうな顔をした彼女に…俺は温かい言葉も何も掛けてやれなかった。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

「もう9時か…。そっちは済んだか?」

「はい。原稿も全て、分け終えました」

「じゃあ帰るぞ」

「えっと…給湯室に行ってきます。カップを洗って、ポットの湯を捨てなきゃいけないし…。ちょっと待っててください」

そう言ってポットとカップを持って給湯室へ向かう彼女を、俺は見送った。

 

 

残業をしている間中も、彼女のことを…そして俺が取るべき行動を考えていた。

まだ結論は出ていない。

 …でも労いの言葉ぐらいは掛けて、優しくしてやりたい…

 

『キャアッ!』

彼女を待っていた俺の耳に、叫び声と派手な音が聞こえた。

 …落としたのか。ドジな奴だな…

慌てているであろう彼女の様子を思い浮かべ、口元が緩んだそのとき

『キャァ ――――― ッ!!』

 

 

悲鳴を聞いた途端、俺は走り出していた。

その先に見たものは・・・開発課の前で、見知らぬ男に羽交い絞めにされている彼女の姿!

顔の横にはナイフが光っていて……

!?

 

俺は奇妙な感じを覚えた。

 …この光景は…?

以前にも見たことが………ある!

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

俺が高校生の頃に、独り暮らしをしていたアパート。

その二軒隣の男は、普段から「口うるさい女房なんて要らないんだよ、可愛い子さえ居ればな…」と言っていた。

そんな奴が、誘拐事件を起こした。

 

あの日。

風邪をひいて学校を休んでいた俺は、外の騒々しさに気付いて目が覚めた。

様子を見ようと思って窓を開けると、そこには何人もの警官の姿が!

その多さに驚いていると、奴が…小さな女の子を片手に抱えて出てきた。もう一方の手には、包丁を握り締めて……。

 

包丁を振り回しながら「来るなー!」と叫ぶ奴。

捕らえられている子は…真っ青な顔で震えていて、泣き腫らした真っ赤な目で…

なのにそれさえも、その子の可愛さを失うことなど無く…むしろ強調するかのように見えて…『護ってやりたい』と思わせるような子だった。

「かおりちゃんを放せ!」

1人の警官が怒鳴った。

 

 

そうだ、名前は確か…かおりちゃん。…………香織ちゃん!?

 

 

!!!!

あの子だ!!

 

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