失いたくない!

(18.琢磨)

 

 

幸いにも、俺が居る場所は…2人から死角になっているようだった。

 

   一対一の喧嘩なら、勝つ自信がある。

   相手がナイフを持っていても…多少の傷は受けるだろうが、大丈夫だ。

   だが人質が居るとなると…無理だ。盾にでもされたら、動けない。

   彼女に怪我なんて、させたくない!

どうする!?

 

よく考えろ!!

最良の方法は、何だ!?

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

2人から目を離さないまま、そっと後ろに下がり…壁の非常ベルを叩く!

盛大なベルの音が、建物中に響きわたる。

動転している男の隙をついて、ナイフを持った手を捻り上げる。

顔面を、おもいっきり殴りつける!!

男が廊下へ倒れていく頃には、既に…彼女の身体を抱きしめていた。

 

僅か1分未満の出来事が、スローモーションのように流れていった。

 

 

「香織!」

かちょ…

そう言ったまま、気を失ってしまった彼女。

カップの破片で切った以外には、目立つ傷も無いようだが……

 

俺は…駆けつけた警備員に、警察と藤堂への連絡を依頼してから…彼女を抱きかかえたままエレベーターに飛び乗り、近くの病院へと急いだ。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

彼女の怪我は、カップの破片での切り傷と、ポットの湯での火傷と、打撲だった。

「熱湯じゃなくて良かったですね。少し痕も残りますが、目立たないでしょうし…」

医師から、そう伝えられて安堵した。

精神的にもショックを受けた彼女は今、鎮静剤を打たれてベッドで眠っている。

だが俺は…横たわっている彼女を見ながら、後悔していた。

 …一緒に行ってやればよかった…

 

 

俺は今まで女に対して、気遣いも何もしてこなかった。

「お前の好きにすればいいじゃないか」「勝手にしろ、俺は関係ないからな」…何度、こんな言葉を口にしたか。もっと酷いことも言ったし…態度も最低だった。

香織は、そんな俺が初めて『護りたい!』と思った女なのに…

辛く当たった。

泣かせた。

怖い目に遭わせた。

 

それでも俺は、香織自身を…香織の笑顔を失いたくない!

香織が笑ってくれるなら、どんなことでもする。

 

だから……目覚めたら、俺に微笑んでくれ…

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

暫くして藤堂と、そして徳田さんが香織の荷物を持って病室に入ってきた。

「優希にも連絡を取って、羽山さんの私物をロッカーから持ってきてもらった。彼女の家族にも連絡を入れてきたから、もうすぐ到着されると思う」

「ありがとう。すまなかったな」

その心遣いに感謝する。

 

 

「ところで…彼女の容態は?」

「外傷は…切り傷と火傷と打撲。今は鎮静剤で眠っているが…精神的なショックが大きくて、な…。目が覚めたときに、どんな状態になるか…全く分からない」

「どうして…どうして香織ちゃんが、こんなことに!?」

徳田さんの目は『課長も一緒に居たのに、何故!?』と、責めているようだった。

 …そう思われても仕方ないよな…

 

俺は、残業が終わってから起きた一部始終を、藤堂に話した。

すると藤堂は、警察でのことを話してくれた。

 

「どうやら、ウチのソフトを盗もうとしたらしい。廊下の足音に驚いた犯人が、慌てて部屋を飛び出したところ、通りがかった彼女とぶつかった。それで口を封じようとしてナイフで脅した、と…。まぁ…結果的には、何も盗られなくて済んだが…」

「じゃあ香織をあんな目に遭わせておいて、奴の刑は軽く済むというのか!?」

怒りを覚えた。

「香織って…おい…」

「あの子は…前にも、あんな恐怖を味わった! なのに……」

「どういうことだ!?」

「俺が高校生のときに、近くに住んでいた男が誘拐事件を起こした。被害者は、羽山香織。当時まだ小学生だった、あの子なんだよ!」

「本当なのか!?」

「そんな……」

「くそっ! …なぁ藤堂、奴に余罪は無いのか?」

「清水さん…」

「よく調べてもらうように頼んでくれ。気休めにしかならないかもしれないが…」

 

そんな些細なことでも、香織の心の傷が少しでも無くなればいいと…

俺は、そう願った。

 

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