失いたくない!(18.琢磨)
幸いにも、俺が居る場所は…2人から死角になっているようだった。
一対一の喧嘩なら、勝つ自信がある。 相手がナイフを持っていても…多少の傷は受けるだろうが、大丈夫だ。 だが人質が居るとなると…無理だ。盾にでもされたら、動けない。 彼女に怪我なんて、させたくない! どうする!?
よく考えろ!! 最良の方法は、何だ!?
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2人から目を離さないまま、そっと後ろに下がり…壁の非常ベルを叩く! 盛大なベルの音が、建物中に響きわたる。 動転している男の隙をついて、ナイフを持った手を捻り上げる。 顔面を、おもいっきり殴りつける!! 男が廊下へ倒れていく頃には、既に…彼女の身体を抱きしめていた。
僅か1分未満の出来事が、スローモーションのように流れていった。
「香織!」 「かちょ…」 そう言ったまま、気を失ってしまった彼女。 カップの破片で切った以外には、目立つ傷も無いようだが……
俺は…駆けつけた警備員に、警察と藤堂への連絡を依頼してから…彼女を抱きかかえたままエレベーターに飛び乗り、近くの病院へと急いだ。
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彼女の怪我は、カップの破片での切り傷と、ポットの湯での火傷と、打撲だった。 「熱湯じゃなくて良かったですね。少し痕も残りますが、目立たないでしょうし…」 医師から、そう伝えられて安堵した。 精神的にもショックを受けた彼女は今、鎮静剤を打たれてベッドで眠っている。 だが俺は…横たわっている彼女を見ながら、後悔していた。 …一緒に行ってやればよかった…
俺は今まで女に対して、気遣いも何もしてこなかった。 「お前の好きにすればいいじゃないか」「勝手にしろ、俺は関係ないからな」…何度、こんな言葉を口にしたか。もっと酷いことも言ったし…態度も最低だった。 香織は、そんな俺が初めて『護りたい!』と思った女なのに… 辛く当たった。 泣かせた。 怖い目に遭わせた。
それでも俺は、香織自身を…香織の笑顔を失いたくない! 香織が笑ってくれるなら、どんなことでもする。
だから……目覚めたら、俺に微笑んでくれ…
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暫くして藤堂と、そして徳田さんが香織の荷物を持って病室に入ってきた。 「優希にも連絡を取って、羽山さんの私物をロッカーから持ってきてもらった。彼女の家族にも連絡を入れてきたから、もうすぐ到着されると思う」 「ありがとう。すまなかったな」 その心遣いに感謝する。
「ところで…彼女の容態は?」 「外傷は…切り傷と火傷と打撲。今は鎮静剤で眠っているが…精神的なショックが大きくて、な…。目が覚めたときに、どんな状態になるか…全く分からない」 「どうして…どうして香織ちゃんが、こんなことに!?」 徳田さんの目は『課長も一緒に居たのに、何故!?』と、責めているようだった。 …そう思われても仕方ないよな…
俺は、残業が終わってから起きた一部始終を、藤堂に話した。 すると藤堂は、警察でのことを話してくれた。
「どうやら、ウチのソフトを盗もうとしたらしい。廊下の足音に驚いた犯人が、慌てて部屋を飛び出したところ、通りがかった彼女とぶつかった。それで口を封じようとしてナイフで脅した、と…。まぁ…結果的には、何も盗られなくて済んだが…」 「じゃあ香織をあんな目に遭わせておいて、奴の刑は軽く済むというのか!?」 怒りを覚えた。 「香織って…おい…」 「あの子は…前にも、あんな恐怖を味わった! なのに……」 「どういうことだ!?」 「俺が高校生のときに、近くに住んでいた男が誘拐事件を起こした。被害者は、羽山香織。当時まだ小学生だった、あの子なんだよ!」 「本当なのか!?」 「そんな……」 「くそっ! …なぁ藤堂、奴に余罪は無いのか?」 「清水さん…」 「よく調べてもらうように頼んでくれ。気休めにしかならないかもしれないが…」
そんな些細なことでも、香織の心の傷が少しでも無くなればいいと… 俺は、そう願った。 |
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