初めての口付け

(20.香織)

 

 

顔の横でナイフが光ったときは、とっても怖かった。

殺される!!と思った。

そのとき不意に、走馬灯のように同じような光景が流れ、恐怖が倍増された。

名前を呼ばれたけれど…私は恐怖心に耐え切れなくなって…意識を手放した。

 

 

   真っ暗な部屋。すすり泣く声が聞こえる。

   誰が泣いているの? …子ども?

   包丁を持った男の人が『泣くな!』と脅す。

   ビクッとして恐々と上げた、その子の顔を見て愕然とした。

   うそ! …私!?

途端に、心の奥に仕舞われていた過去の記憶が、洪水のように溢れてきて…

 

 

「キャァ ――――― ッ!!」

私は悲鳴と共に目が覚めた。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

清水課長は、真っ青な顔で震えている私のベッドに入ってきて「もう大丈夫だ、心配ない」と言いながら、抱きしめて頭を撫でてくれた。

課長の大きな手が、私の身体のあちこちを摩ってくれた。

それは恐怖のあまりパニックになっていた私を、安心させて落ち着かせるに充分な行為で……私も課長の胸に縋り付いていた。

 

 

 …どうして課長が? 私たち、なんでベッドで抱き合ってるの?

やっと気持ちが落ち着いてきて、そんなことを考える余裕が出てくると…今度は、この状況が恥ずかしくて…顔が真っ赤になった。

それでも課長は私を抱いたまま。

離してほしい、でも離れたくない、…そんな相反する気持ちが私の中に芽生えたけれど…それは、妹の言葉で一瞬に消えてしまった。

 

「カオちゃん、いつの間に彼氏ができたのよ。私…何にも聞いてないんだけど?」

ズルイだの酷いだのと言われて、私は初めて気が付いた。

   妹が、ココにいることを。

   これまでの全部を、見られていたことを。

   自分が今、何処に居るのかを。

   そして……今の台詞!

 

 

「彼氏だなんて…課長は違うから!」

「違わない」

 …違わない? それって…

課長の顔を見たいのに、しっかりと抱きしめられているから…見れない。

ドキドキドキドキ……煩いくらいの心臓の音。でも、え? もう一つ…

 …課長!?

私の音とは違う、力強い音が聞こえてきた。

 

「俺は香織を愛している」

「うそ…」

腕の中で、思わず呟く。

抱擁を解いた課長は、そんな私の目を見つめながら言った。

「嘘じゃない、俺を信じろ。香織は?」

「…私も…課長が好き。大好き…」

真っ赤になりながらも、目を逸らさずに気持ちを込めて告げた。

 

すると課長は、今まで見たことも無い素敵な笑顔で…私の額にキスをした。

 

「愛してます…課長…」

キスに誘われるように、自然と出た言葉。それに応えるように

「香織は…俺が初めて『愛したい』と思った女だ」

そう言って、私の鼻の頭にキスを一つ落とした。

「くすぐったいです」

笑いながら抗議をしたら

「なら、これは?」

課長の唇が、私の唇と重なった。

 

初めての口付けは、唇が触れ合うだけのモノじゃなくって…とっても深かった。

息苦しくなってきて開けた口の中に、課長の舌が入り込んできて…私は驚いて、腕を伸ばして離れようとした。

けれど後頭部も背中も、強い力で押さえられているというか…課長に、がっしりと抱かれている状態で…。

力の差を、身をもって知った。

背中の手がゆっくりと摩るように動いていくと…頭の芯が、ぼうっとしてきた。

終わった頃には、腕にさえも力が入らなかった。

 

 

課長に抱きしめられたまま、後頭部を撫でられる感触を味わっていた。

ずっと、このままで居たかったけど…

妹の声で、我に返った。

「ちょっと! 私がココに居るの分かってんの!?  知ってて見せ付けてる?」

 …あ、忘れてた。

 

チィちゃん、ごめん…(汗)

 

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