切っ掛けは…?(22.香織)
月曜日の今日、私は退院する。 小さな切り傷にはもう、ガーゼも絆創膏も要らなくなった。それだけでも見た目が全然違う。 「良かった…」 思わず、そう呟いていた。
打撲だけだったら、あんなに目立つモノにはならなかったと思う。 病室から公衆電話がある場所まで移動するときでも、他の患者さんと会うと「交通事故に遭ったの? 随分酷かったのねぇ」って言われて…その度に、曖昧に笑って誤魔化していた。 だって「人と、ぶつかった怪我で…」て言っても、信じてもらえないだろうし… それに…ココの人たちとは、退院したらもう接点は無くなるんだし…あの事件のことまで全部、根掘り葉掘り聞かれるのはイヤだし… だから本当のことを言わなくても、別にイイかなって……
コンコンコン♪ 「はい」 「香織、おはよう」 「か…琢磨さん、おはようございます…(危ない危ない)」 琢磨さんが迎えに来てくれた♪
つい気を緩めると『課長』と言いそうになってしまう私は、もう今から『琢磨さん』と呼ぶ練習をしている。 だって…ねぇ。 「家で練習します」なんて言っちゃったけど、本人を目の前にして言わなきゃ意味無いと思うもん。でしょ? 家の中で、い〜っぱい練習しても…いざ本人に向かうと何も言えなくなっちゃうなんて…そんなのダメでしょ? だから…あの翌日から頑張って、意識して、呼ぶことにしたの。
『香織』って呼ばれるのが、こんなに嬉しくて幸せなことだとは思わなかったから。 その嬉しさを幸せを、あなたにも感じてほしいから…呼ぶのよ? そりゃあペナルティのことも関係あるけど… でも! それだけ、のために呼んでるんじゃないんですからね。
…そこのところは、ちゃんと分かってほしいな〜
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「あの…質問してもいいですか?」 「なんだ?」 琢磨さんの車に乗って、自宅へと向かう道。 助手席に座っていた私は、気になっていたことを聞こうと思って…口を開いた。
「琢磨さんは、私の…どこを好きになってくれたんですか? 切っ掛けとかは?」 「お前は?」 「え、わたし!?」 「お前は、俺の何処が気に入ったんだ? 何が切っ掛けになった?」 「ずるいです、聞いたのは私が先なのにぃ…。でもまぁ…いっか。私が答えたら、琢磨さんも正直に答えてください。でないと怒りますよ?」 「プッ……香織が怒るのか? それは見ものだ」 是非とも拝見したいな、と言いながら肩を震わせている琢磨さんってば、もう… 「笑いごとじゃありません! 約束ですよ!?」 「ああ、分かった」 「じゃあ言います。えっとですね………」
それから私は…初めて会った日から感じてたこと、思ってたこと、を話した。
「ぶっきらぼうな話し方をするけど、心は優しい人なんだなって思っていました。仕事に厳しくて怖くて…上司としては最高の人だなって…」 「上司として、か!?」 「はい。でも…高峰さんが辞めてからは、数え切れないほど助けてもらって…付きっ切りで教えてもらって…気に掛けてもらって…ホントに嬉しかったんです…」 「…………」 「それが大場産業のデータ云々のときに…初めて見た、琢磨さんの笑顔に一目惚れしちゃったんですよね…。いつも眉間に皺を寄せている顔しか見てなかったけど『こんなに笑顔が似合う人だったんだ』って思ったら、ドキドキして…」 言ってて、自分でも恥ずかしくなって…だんだん顔が赤くなってきた。
「琢磨さんの優しさが、どんどん積み重なっていって…トドメに笑顔! …これで落ちちゃいました、あなたに…」
運転席の方へ目をやると…琢磨さんの横顔が…ちょっと赤いような…!? 「もしかして、照れてます?」 「…うるさい」 「はぁい。でも…琢磨さんのも、ちゃんと聞かせてくださいね?」 「…………分かった。俺は…香織の家に着いてから話す。約束だしな」 「はい♪」
それから私の家に着くまでの間、車内での会話は何も無かったけれど…それはとても心地よい静かさだった…
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私が入院している間、毎日来てくれていた琢磨さんは…当然、母や妹とも顔馴染みになっていて… 母から「お昼だけじゃなくて、夕食も食べて帰ってくださいね」と言われていた。 そんな2人のやり取りを見ていると、なんか嬉しくなってきて…頬が緩んできて… 「何か可笑しいか?」 琢磨さんに指摘されたけど、ちょっとココでは理由を言えなかったから「あとで…」としか答えられなくて。 彼がムッとしたのが分かったけど、そのまま2階の私の部屋へ案内した。
「母と琢磨さんを見ていたら、なんか嬉しくなってきて…頬が緩んじゃったの。でも母の前では恥ずかしくて理由が言えなくて、『あとで…』って……。ごめんなさい」 部屋へ入るなり、私の方から抱きついたから…琢磨さんはビックリしてたけど…ちゃんと説明したら、納得してくれた。 「何故、嬉しいと思った?」 「彼氏と親の仲が良いから。だから私、嬉しくなって…」
そう答えたら、ギュウっと力強く抱き返された。(ちょっと苦しいです…)
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琢磨さんは、私のベッドに腰を下ろして、私を膝の上に…… …もう定位置になっちゃったみたい… それから…初めて会った日からのことを話してくれた。
「初めは高校生にしか見えなかった。『中学生です』と言っても通用するんじゃないかと思うくらいに、お前は幼く見えたから…仕事をさせるのにも、少しばかり不安が有ったんだ。だが…中身は全く違っていて、とても芯が強くて…しっかりしていて…。良い意味で、俺の予想を裏切ってくれたよ」 「私、そんなに幼く見えたんだ…」 「香織の中身に惚れた。こんな性格の子には、俺は今まで出会ったことが無かった。惹かれていって…護りたいと思うようになった途端に、この眼鏡だ!」 ビシッ! と眼鏡を指差されて、戸惑った。 「…コレ?」 思わず眼鏡に手をやる。 …黒縁眼鏡は壊れちゃったから、もうコレしか無いんですけど…
「買い替えただろ!? 他の奴らに囲まれて笑っている姿を見て、腹が立った。だからこそ生まれて初めて『独占欲』や『嫉妬』というモノを味わったんだが…」 「え!?」 …この人が独占欲? 嫉妬? 信じらんない…
「あのときは…俺の勝手な想いで、お前に辛く当たって…本当に、すまなかった」 「そんな…もういいですから…」 「反省して…少しでも優しく接しようと思っていたところへ、あの事件が起きた。捕らえられた香織を見たときに、俺は…忘れていた過去を思い出したんだ…」 「?」 「高校生のときに…当時、同じアパートに住んでた奴が、誘拐事件を起こした。被害者は羽山香織。…お前、あのときは小学生だったろ?」 「うそ…(あのときに出会ってた!?)」 「青ざめた顔の女の子を見たとき、俺は心から『護ってやりたい』と思った。でも…いつの間にか忘れてしまっていたんだ…。あのときに全く同じ光景を見て、過去の事件を思い出して…俺は…俺は、生きた心地がしなかった」 「………」 「今、この腕の中に香織が居る。…俺は、何に感謝すれば良いんだろうな…」 「琢磨さん…」
「入社したときから、気になっていた。でもそれが小学生のときの香織に、心を奪われていたからだった、なんて…。でも…『ロリコン』なんて言わないでくれよ? 香織だから、好きになったんだぞ」 琢磨さんは、そう言って笑った。
私は、彼の笑顔を見ながら「この人を好きになって、ホントに良かった」って……心の底から、そう思った。 |
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