切っ掛けは…?

(22.香織)

 

 

月曜日の今日、私は退院する。

小さな切り傷にはもう、ガーゼも絆創膏も要らなくなった。それだけでも見た目が全然違う。

「良かった…」

思わず、そう呟いていた。

 

打撲だけだったら、あんなに目立つモノにはならなかったと思う。

病室から公衆電話がある場所まで移動するときでも、他の患者さんと会うと「交通事故に遭ったの? 随分酷かったのねぇ」って言われて…その度に、曖昧に笑って誤魔化していた。

だって「人と、ぶつかった怪我で…」て言っても、信じてもらえないだろうし…

それに…ココの人たちとは、退院したらもう接点は無くなるんだし…あの事件のことまで全部、根掘り葉掘り聞かれるのはイヤだし…

だから本当のことを言わなくても、別にイイかなって……

 

 

 

コンコンコン♪

「はい」

「香織、おはよう」

「か…琢磨さん、おはようございます…(危ない危ない)」

琢磨さんが迎えに来てくれた♪

 

つい気を緩めると『課長』と言いそうになってしまう私は、もう今から『琢磨さん』と呼ぶ練習をしている。

だって…ねぇ。

「家で練習します」なんて言っちゃったけど、本人を目の前にして言わなきゃ意味無いと思うもん。でしょ?

家の中で、い〜っぱい練習しても…いざ本人に向かうと何も言えなくなっちゃうなんて…そんなのダメでしょ?

だから…あの翌日から頑張って、意識して、呼ぶことにしたの。

 

『香織』って呼ばれるのが、こんなに嬉しくて幸せなことだとは思わなかったから。

その嬉しさを幸せを、あなたにも感じてほしいから…呼ぶのよ?

そりゃあペナルティのことも関係あるけど…

でも! それだけ、のために呼んでるんじゃないんですからね。

 

 …そこのところは、ちゃんと分かってほしいな〜

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

「あの…質問してもいいですか?」

「なんだ?」

琢磨さんの車に乗って、自宅へと向かう道。

助手席に座っていた私は、気になっていたことを聞こうと思って…口を開いた。

 

「琢磨さんは、私の…どこを好きになってくれたんですか? 切っ掛けとかは?」

「お前は?」

「え、わたし!?」

「お前は、俺の何処が気に入ったんだ? 何が切っ掛けになった?」

「ずるいです、聞いたのは私が先なのにぃ…。でもまぁ…いっか。私が答えたら、琢磨さんも正直に答えてください。でないと怒りますよ?」

「プッ……香織が怒るのか? それは見ものだ」

是非とも拝見したいな、と言いながら肩を震わせている琢磨さんってば、もう…

「笑いごとじゃありません! 約束ですよ!?」

「ああ、分かった」

「じゃあ言います。えっとですね………」

 

それから私は…初めて会った日から感じてたこと、思ってたこと、を話した。

 

「ぶっきらぼうな話し方をするけど、心は優しい人なんだなって思っていました。仕事に厳しくて怖くて…上司としては最高の人だなって…」

「上司として、か!?」

「はい。でも…高峰さんが辞めてからは、数え切れないほど助けてもらって…付きっ切りで教えてもらって…気に掛けてもらって…ホントに嬉しかったんです…」

「…………」

「それが大場産業のデータ云々のときに…初めて見た、琢磨さんの笑顔に一目惚れしちゃったんですよね…。いつも眉間に皺を寄せている顔しか見てなかったけど『こんなに笑顔が似合う人だったんだ』って思ったら、ドキドキして…」

言ってて、自分でも恥ずかしくなって…だんだん顔が赤くなってきた。

 

「琢磨さんの優しさが、どんどん積み重なっていって…トドメに笑顔! …これで落ちちゃいました、あなたに…」

 

運転席の方へ目をやると…琢磨さんの横顔が…ちょっと赤いような…!?

「もしかして、照れてます?」

「…うるさい」

「はぁい。でも…琢磨さんのも、ちゃんと聞かせてくださいね?」

「…………分かった。俺は…香織の家に着いてから話す。約束だしな」

「はい♪」

 

それから私の家に着くまでの間、車内での会話は何も無かったけれど…それはとても心地よい静かさだった…

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

私が入院している間、毎日来てくれていた琢磨さんは…当然、母や妹とも顔馴染みになっていて…

母から「お昼だけじゃなくて、夕食も食べて帰ってくださいね」と言われていた。

そんな2人のやり取りを見ていると、なんか嬉しくなってきて…頬が緩んできて…

「何か可笑しいか?」

琢磨さんに指摘されたけど、ちょっとココでは理由を言えなかったから「あとで…」としか答えられなくて。

彼がムッとしたのが分かったけど、そのまま2階の私の部屋へ案内した。

 

 

「母と琢磨さんを見ていたら、なんか嬉しくなってきて…頬が緩んじゃったの。でも母の前では恥ずかしくて理由が言えなくて、『あとで…』って……。ごめんなさい」

部屋へ入るなり、私の方から抱きついたから…琢磨さんはビックリしてたけど…ちゃんと説明したら、納得してくれた。

「何故、嬉しいと思った?」

「彼氏と親の仲が良いから。だから私、嬉しくなって…」

 

そう答えたら、ギュウっと力強く抱き返された。(ちょっと苦しいです…)

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

琢磨さんは、私のベッドに腰を下ろして、私を膝の上に……

 …もう定位置になっちゃったみたい…

それから…初めて会った日からのことを話してくれた。

 

 

「初めは高校生にしか見えなかった。『中学生です』と言っても通用するんじゃないかと思うくらいに、お前は幼く見えたから…仕事をさせるのにも、少しばかり不安が有ったんだ。だが…中身は全く違っていて、とても芯が強くて…しっかりしていて…。良い意味で、俺の予想を裏切ってくれたよ」

「私、そんなに幼く見えたんだ…」

「香織の中身に惚れた。こんな性格の子には、俺は今まで出会ったことが無かった。惹かれていって…護りたいと思うようになった途端に、この眼鏡だ!」

ビシッ! と眼鏡を指差されて、戸惑った。

「…コレ?」

思わず眼鏡に手をやる。

 …黒縁眼鏡は壊れちゃったから、もうコレしか無いんですけど…

 

「買い替えただろ!? 他の奴らに囲まれて笑っている姿を見て、腹が立った。だからこそ生まれて初めて『独占欲』や『嫉妬』というモノを味わったんだが…」

「え!?」

 …この人が独占欲? 嫉妬? 信じらんない…

 

「あのときは…俺の勝手な想いで、お前に辛く当たって…本当に、すまなかった」

「そんな…もういいですから…」

「反省して…少しでも優しく接しようと思っていたところへ、あの事件が起きた。捕らえられた香織を見たときに、俺は…忘れていた過去を思い出したんだ…」

「?」

「高校生のときに…当時、同じアパートに住んでた奴が、誘拐事件を起こした。被害者は羽山香織。…お前、あのときは小学生だったろ?」

「うそ…(あのときに出会ってた!?)」

「青ざめた顔の女の子を見たとき、俺は心から『護ってやりたい』と思った。でも…いつの間にか忘れてしまっていたんだ…。あのときに全く同じ光景を見て、過去の事件を思い出して…俺は…俺は、生きた心地がしなかった」

「………」

「今、この腕の中に香織が居る。…俺は、何に感謝すれば良いんだろうな…」

「琢磨さん…」

 

「入社したときから、気になっていた。でもそれが小学生のときの香織に、心を奪われていたからだった、なんて…。でも…『ロリコン』なんて言わないでくれよ? 香織だから、好きになったんだぞ」

琢磨さんは、そう言って笑った。

 

私は、彼の笑顔を見ながら「この人を好きになって、ホントに良かった」って……心の底から、そう思った。

 

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