正しい社内恋愛(23.香織)
水曜日。 今日から出社する私は、「8時に迎えに行くから、家で待ってろよ」と言われたとおり、家『の前』で琢磨さんを待っていた。
彼は「家の中で待ってろ」っていう意味で言ったと思うんだけど…私は、じっと座って待ってるなんてことが出来なかった。 落ち着かなくてソワソワして、母に呆れられちゃって…で、門の所で待ってるの。 私は、車のことは何にも知らない。 「外車なのに、どうして運転席が右側なの!?」と聞いたら苦笑された。 車体のマークや文字を見て「そういえば聞いたことある♪」って気付く程度。彼に教えてもらって、初めて車種が言えるようになった。
朝の光を浴びて眩しいくらいに輝く車が、私の前に止まる。 「ポルシェ911 ターボ ティプトロニックS 4WD 、シルバーメタリック…」教わった名前を呟く。 間違えずにちゃんと言えたら、なんだか嬉しくなってきた♪
「家の中で待ってればいいものを…」 そう言いながら運転席から降りてきた彼は……完璧に仕事モード!? つい、いつもの調子で「課長、おはようございます♪」と元気良く挨拶したら 「おはよう。ペナルティ1」 あっさり言われてしまった。
「なんで??」 「今は仕事中でもなければ、会社の中でもない。プライベートタイムだぞ」 「あ! (そうだった…)」 「『ペナルティ1毎に、香織からキスをする』に決めたからな」 項垂(うなだ)れる私の耳に、彼の楽しそうな声が聞こえた。 「わ、私からキ、キス!?」 「さぁ香織♪」 「!!!!」
ちょっと待ってください、目ぇ瞑って屈まないでください!(今スグですか!?) そりゃあ約束したんだから、ちゃんとしますけど。(メチャメチャ恥ずかしいです) こんな場所で、急に言うなんて……(『意地悪してる』としか思えません…)
「ココでは無理です…(ご近所の人に見られたらヤですもん)」 「じゃあ貸し1」 彼が目を開け、ニヤリと笑う。 「貸し? (…って何!?)」 …そんな笑い方されたら、メチャメチャ気になるんですけど? 「『貸し』3つで、俺の好きなときに、好きな場所で、お前にキスをする」 「はい!?」 驚いて目を丸くして立っている私を眺めながらも、次の行動に移っている彼。 「もう決めた。さ、行くぞ。早く乗れ」 そう言って助手席のドアを開けてくれるのは、とても嬉しい。 でも… 「か、課長!? ちょっと待ってくださいっ! それって…」 「何所(どこ)であろうと、俺が『したい』ときに、する。周囲に誰が居ようとも、な」 「困ります課長、そんなの恥ずかし過ぎ…」 「貸し3。お前…無自覚で言ってるのか?」 「何を? ……あ!」 呆れたような口調で指摘されて、やっと気が付いた。
あんなに『琢磨さん』って呼んでたのに……なんでこうなるの?
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少しだけ落ち込んだ私を他所に、車は20分程でビル地下の駐車場に着いた。 今更だけど「社内の人に会ったらどうしよう」…なんて思ってしまう。
誰かに見られて大騒ぎになったら、どうする? 私は、どんな行動を取ればいい? 社内恋愛って、オープンにすべき? それとも隠すべき? 正しい社内恋愛の仕方って、あるの??
あれこれ考えてみたけれど、恋愛初心者の私には全く想像がつかない。 それで…助手席のドアを開けて、私の手を取ってくれる彼に聞いてみた。 「社内恋愛って、どうしたらいいのか分からないんです。お付き合いしてることを言った方が良いのか、隠した方が良いのか…。正しい方法って、ありますか?」 「俺は自ら言うつもりなど無いが、聞かれれば正直に『俺の彼女だ』と答える」
『俺の彼女』という言葉が胸に染み込むように入って、じんわりと広がっていく。これが、こんなに嬉しい言葉だとは思わなかった。
「自然に任せるのが一番だ。騒がれて噂になったとしても、付き合っている俺たちがしっかりしていれば、問題ない。何も不安に思うことはないぞ」 そう言われて初めて、漠然とした不安を感じていることに気付いたけれど…彼の言葉と眼差しは、そんな私の心を落ち着かせてくれる。安心させてくれる。 「はい♪」 私は、とびっきりの笑顔で返事をすることができた。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
地下駐車場のエレベーター前。 「正しい方法というのは俺にも分からない。ただ…公私混同はしない、ON・OFFの区別をきっちりする、というのは当然だろうな」 「ON・OFFの区別?」 「今はプライベートだが…」 言うなり抱きしめられて、唇を塞がれる。 まさかこんなところでキスされるとは思ってなかったからビックリして、声を出そうとして開けた口に彼の舌が入り込んできて……あとはもう、されるがままの私。
深すぎるキスが漸(ようや)く終わった頃に、やっとエレベーターが到着。彼に抱えられたまま、乗り込む。
「勤務中の課内では、こんなキス出来ないだろ?」 そう言って私の顔を覗き込んでくる彼。 体中から力が抜けてしまった私は、ぽーっとして…彼に支えられたままの状態。 「……今、されても困ります。こんな状態で、仕事できると思います? …無理ですよぉ…」 と言うと、彼がフッと笑った。そんな彼の笑顔にもドキッとしてしまう私。 …あぁもう、どうしよう。また顔が赤くなってきた…
社内恋愛って、なんか難しいってゆうか…大変みたいです…。 |
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