予測できない子

― 社長 : 藤堂俊介(とうどう しゅんすけ) ―

 

 

急遽、ソフト開発に力を入れることになり…即戦力となって、プログラムを組める人物のリストを挙げてもらった。

その中に、キーパンチ室の高峰室長がいた。

 

4月の終わりに、内々に話をしたが…彼女だけは応じなかった。

だが、こちらも引けない。

彼女に交渉しつつ、次の室長を育成しなければならない。

   社内から選ぶのか?

   新しく採用するのか?

 

「酉島さんに任せておけば、大丈夫じゃないか?」

副社長の一声で決まったようなものだったが、俺も同じ意見だった。

あの『人を見る目』に間違いは無い。

 

俺たちは、人事の酉島課長に一任することにした。

 

 

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「見つけましたよ!この3月まで保育士だった子なんですけどね。真面目で、頑張り屋で、素直で…この子は熱心に勉強しますよ♪」

5月中旬に、酉島課長が満面の笑みで話しかけてきた。

 

「酉島さんが、そこまで褒めるとは…珍しいな」

「パソコン教室に通ってきた子でしてね。私の講義を聞き漏らさないようにと、一生懸命に頑張る姿が印象的で…。あんな子に会ったのは初めてです」

一緒に食事もしたんですよ♪と言って笑う酉島さんは、とても楽しそうだった。

 

そして俺は、というと…我が社の人事課長に、そこまで言わせる『羽山香織』なる女性に興味を持った。

だから無理にスケジュールを空けて、初の社長面接も快諾した。

 

 

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初めて彼女に会った感想は……小動物みたいな子、だ。

『社長=オジサン』とでも思っていたんだろうな。俺が想像以上に若かったから、ビックリして固まって…。

そんな顔が、なんとも表現できないほど面白くて。

打ち合わせでイライラしていた気持ちが、どこかへ行ってしまった。

 

ウチの優希も素直だが、この子も…いや、この子は、それ以上だろうな。

思っていることが全部、顔に出ている。

男性用の黒縁眼鏡は似合っちゃいないが、仕事に支障が無ければ…オシャレだろうと、何だろうと…それは個人の自由なんだから、俺は別にいいと思う。

 …酉島さん、いい仕事してくれたよな…

 

彼女との面談は、とても楽しかった。

 

 

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「来週の月曜日から、この子が室長補佐として入ることになった」

彼女の上司になる、営業の清水課長に履歴書を見せて話をした。

 

「使えるのか?」

履歴書に目を通しながら清水さんが言う。

「酉島さんがベタ褒めしてたし、それに…俺が面接したんだぜ」

「そうか」

「営業の仕事もあるだろうが、それは斎木係長に任せて ―― 清水さんには、彼女 ―― 羽山さんの指導と同時に、引き続き高峰室長の説得をしてもらいたい」

「了解」

「何か質問は?」

「無い」

「酉島さんも、俺も…あんな子に会ったのは初めてだった。とても新鮮だったよ。戸惑うこともあるかもしれないが、よろしく頼む」

そう言って、清水さんから履歴書を受け取って別れた。

 

仕事には厳しく完璧にこなすが、無愛想で冷たい印象を与えてしまう清水さん。

彼が羽山さんと関わって…少しでも良い方向へ変われば…と、俺は思った。

 

 

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講習も終わり、彼女・羽山さんが初出勤する日。

優希に話をしようと、総務に行って…彼女のナマ着替えを見ちまった!

俺だけじゃなく清水課長も、だ。

 

オイオイ待てよ、ココで脱ぐのはヤバイだろ!?とは思っても、

下手に声も掛けられず…ただ黙って見ている俺たち。

ちっこくて細いのに、出るトコはちゃんと出てんだ…と変なところで感心しながらも

間仕切りを変えんと、いかんな。こんな場所で着替えようなんて気が起こらんように…

独り言のように呟いた。

のに

そうしろ。他の奴らに見せられるか!

今のは清水さんか!?と、チラッと見たが…本人は、そ知らぬ顔をしている。

 …何なんだ!?

 

まぁいいか。

 

 

この子は不思議な子だ。

思っていることは手に取るように分かるが、行動は全く読めない。

予測できない子、だが…これから面白くなりそうだな。

 

 

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