出会い/恋 (過去)(2.綾女)
【……京急▼○線、落雷事故のため運休。復旧の見込みは未定……】
「うそ…」 その日。いつもの時間に起きた女子高生は、テレビの速報を見て絶句した。 最寄の駅までは徒歩5分なのに、別の私鉄の駅だと14分! (朝は、1分1秒だって貴重なのに……)
「そんなところに突っ立っているんじゃない!」 父親に言われてハッと我に返る。 「…はい」 (そうね。嘆いていても仕方が無いわ)
女子高生はエプロンを手にすると、朝食の準備を始めた。
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女子高生の名は、大道寺綾女(だいどうじ あやめ)。17歳。 某私立女子大学附属高等学校3年生の彼女は無類の本好きであり、図書委員会に所属している。 コツコツと勉学に励む彼女は、英語はもちろん…語学が得意だったりする。 中国語と独語はラジオを聞いての独学だが、きちんと勉強したいと思っている。 そして将来は通訳や翻訳などの仕事ができれば、と……。
綾女の父親 大道寺雅嗣(だいどうじ まさつぐ)は、とても厳しい。そして『女は支配するもの、従わせるもの』という考え方の持ち主でもあった。 当然ながら長女の綾女よりも、長男の誠人(まこと)や次男の勇人(ゆうと)を立てる。優先する。 己の妻よりも、だ。 幼少時の綾女は、それが一般家庭の有り方だと思っていた。 しかし学校で様々なことを学ぶうち、それらに疑問を感じるようになってきた。 が、父親には逆らえない。 父親には、自分の意見を述べることさえできなかった。
母親の手伝いをするのは綾女だけだったが…小学校6年生のときに、その母親が事故で亡くなった。 それからは綾女1人が、家事の一切をするようになった。 「家の事は女がするものだ!」との父親の一言により、兄(5歳上)も弟(3歳下)も、手伝いはしなかった。
そして綾女は己の心を抑え込み、諦めることを覚え…我慢強くて大人しい、地味で目立たない子になっていった…。
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「なに、これ……」 普段の約3倍の時間を掛け、ようやく駅に辿り着いた綾女の足が止まった。 改札口で蠢く人、人、人…… 想像もしていなかった状況に圧倒されて、思わず足が竦んでしまったのだ。 (私、こんな中に入らなきゃいけないの!?)
一瞬、「イヤだ!」と思った。 けれど「電車が運休になったから」「駅が混雑していたから」という理由で、学校は休めない。 綾女は大きく深呼吸をして自分を奮い立たせると、券売機へと向かった。
案内板を確認してから階段に足をかけようとしたとき、怒声が耳に入ってきた。 「遅刻するじゃないか!」 「早く行かなきゃダメなのに!」 「駅員は何やってんだ!」 口々に喚いている。
(怖い…) 綾女は恐る恐る、声が聞こえた方へと目を向けた。 電車に乗り込もうとする者、電車から降りてこようとする者が入り乱れ、階段上部付近では人が溢れかえっていた。 階段も『上り』『下り』と左右に分けて表示されているのに…。それぞれが「我先に!」と、自分の事しか考えずに行動している。 (どうしてこんなことになってるの?)
と、そのとき周囲の空気が変わった。 !!!!
階段の上から落ちてくる人々が、スローモーションのように見えた。 (逃げなきゃ!) 頭では理解しているのに、綾女の身体は凍りついたように動かなかった。
そしてそれらは、綾女へと向かって……… |
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