出会い/恋 (過去)

(2.綾女)

 

 

【……京急▼○線、落雷事故のため運休。復旧の見込みは未定……】

 

「うそ…」

その日。いつもの時間に起きた女子高生は、テレビの速報を見て絶句した。

最寄の駅までは徒歩5分なのに、別の私鉄の駅だと14分!

(朝は、1分1秒だって貴重なのに……)

 

「そんなところに突っ立っているんじゃない!」

父親に言われてハッと我に返る。

「…はい」

(そうね。嘆いていても仕方が無いわ)

 

女子高生はエプロンを手にすると、朝食の準備を始めた。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

女子高生の名は、大道寺綾女(だいどうじ あやめ)。17歳。

某私立女子大学附属高等学校3年生の彼女は無類の本好きであり、図書委員会に所属している。

コツコツと勉学に励む彼女は、英語はもちろん…語学が得意だったりする。

中国語と独語はラジオを聞いての独学だが、きちんと勉強したいと思っている。

そして将来は通訳や翻訳などの仕事ができれば、と……。

 

 

 

綾女の父親 大道寺雅嗣(だいどうじ まさつぐ)は、とても厳しい。そして『女は支配するもの、従わせるもの』という考え方の持ち主でもあった。

当然ながら長女の綾女よりも、長男の誠人(まこと)や次男の勇人(ゆうと)を立てる。優先する。

己の妻よりも、だ。

幼少時の綾女は、それが一般家庭の有り方だと思っていた。

しかし学校で様々なことを学ぶうち、それらに疑問を感じるようになってきた。
男尊女卑なんて考えは、理不尽なのではと思うようになった。

が、父親には逆らえない。

父親には、自分の意見を述べることさえできなかった。

 

母親の手伝いをするのは綾女だけだったが…小学校6年生のときに、その母親が事故で亡くなった。

それからは綾女1人が、家事の一切をするようになった。

「家の事は女がするものだ!」との父親の一言により、兄(5歳上)も弟(3歳下)も、手伝いはしなかった。

 

そして綾女は己の心を抑え込み、諦めることを覚え…我慢強くて大人しい、地味で目立たない子になっていった…。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

「なに、これ……」

普段の約3倍の時間を掛け、ようやく駅に辿り着いた綾女の足が止まった。

改札口で蠢く人、人、人……

想像もしていなかった状況に圧倒されて、思わず足が竦んでしまったのだ。

(私、こんな中に入らなきゃいけないの!?)

 

一瞬、「イヤだ!」と思った。

けれど「電車が運休になったから」「駅が混雑していたから」という理由で、学校は休めない。

綾女は大きく深呼吸をして自分を奮い立たせると、券売機へと向かった。

 

 

 

案内板を確認してから階段に足をかけようとしたとき、怒声が耳に入ってきた。

「遅刻するじゃないか!」

「早く行かなきゃダメなのに!」

「駅員は何やってんだ!」

口々に喚いている。

 

 

(怖い…)

綾女は恐る恐る、声が聞こえた方へと目を向けた。

電車に乗り込もうとする者、電車から降りてこようとする者が入り乱れ、階段上部付近では人が溢れかえっていた。

階段も『上り』『下り』と左右に分けて表示されているのに…。それぞれが「我先に!」と、自分の事しか考えずに行動している。

(どうしてこんなことになってるの?)

 

と、そのとき周囲の空気が変わった。

!!!!

 

階段の上から落ちてくる人々が、スローモーションのように見えた。

(逃げなきゃ!)

頭では理解しているのに、綾女の身体は凍りついたように動かなかった。

 

そしてそれらは、綾女へと向かって………

 

 

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