出会い/恋 (過去)

(5.尚吾)

 

 

事故が起きた日から、尚吾は彼女―― 大道寺綾女のことを、会うたびに意識するようになっていった。

よく見かけていた『騒がしい女子高生』とも、『化粧ばかり濃い女子社員達』とも、『噂話に余念が無い小母様方』とも違って…

彼女は聡明で、控えめで、大人しくて(もう少し自己を出してもいいくらいだが)…綾女との会話が、共に過ごす時間が、とても楽しく感じられた。

 

まさか己が女子高生を、しかも一人の女性として恋愛感情を持つようになるなど想像もしなかった。けれど……彼女が愛しい。

綾女の言動からして、尚吾に対して好意を持っているのは明白だった。

だがそれが恋愛感情なのか、それとも兄に寄せる思慕のようなものなのか……慎重に見極めなければいけない。

 

何といっても相手は高校生だ。

 

尚吾は悩んだ。

そして……決断した。

綾女も同じ気持ちなら、この愛を育んで…未来へ繋げていこう、と。

異なる気持ちなら、そのときには…己の心を封じ込めてしまおう、と。

 

 

 

「就職してから此処に引っ越したんだ」

「どうして今まで会わなかったのかしら…」

「会ってたと思うよ、『他人』としてね。でも今は『知人』として此処に居る」

「! ……そうですね…」

 

尚吾は何気ない会話の中で、あえて『知人』という言葉を使い、綾女の反応を窺うことにした。

   俯いて返事をしたが、なかなか頭を上げない綾女

   ショックを受けて傷ついているようで、声まで震えている

その仕草に彼女の気持ちが痛いほど伝わってくる。見ていられなくなってきて…

 

「君の気持ちはよく分かったよ。僕も同じだから」

気が付けば、尚吾は綾女を抱きしめていた。

(試して…ごめん)

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

それから二人は付き合うようになった。

尚吾は彼女の華奢な体を抱きしめもするし、形の良い頭を撫でもするし、滑らかな頬を両手で包んだりもする。

だが口付けるのは…髪と額だけ、だった。

綾女の柔らかそうな唇に口付けてしまえば、その先も際限なく求めてしまう自身を尚吾はよく理解していた。

だから自制するために「綾女が高校を卒業するまで、決して唇には口付けない」と…自ら決めたのだった。

 

 

 

「じゃあ、また明日……」

…頬には口付けてくれないんですね…

尚吾が額に口付けると、綾女の呟く声が聞こえた。

 

「決めたから。…言っただろ?」

「分かっています。けど、頬なら…」

「頬に口付けでもしたら、僕は唇の誘惑に負けてしまう。だから…」

「………」

「卒業の御祝いに、君の唇を貰うよ。いいかい?」

 

そう言って綾女を抱きしめたとき、既に尚吾は―― 彼女の潤んだ瞳に捕らわれていて、唇の誘惑に負けそうになっていた。

綾女を抱きしめる腕に力を込めることによて、何とか堪えることができたが……危なかった。

(我慢しろ、あと少しの辛抱じゃないか!)

 

 

 

付き合うようになってから半年が過ぎていた。

あと3ヵ月で、綾女は高校を卒業する。

 

 

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