再会/真相 (現在)

(1.尚吾)

 

 

「英語、中国語、独語に仏語、ですか…」

 

履歴書を見る限り、彼女―― 綾女の学歴も職歴も、素晴らしいものだった。

即戦力になる人材は、是非とも欲しい。

この履歴書が綾女でなく、他者の物であったなら…すぐさま登録元の派遣会社へ御礼の電話を入れただろう。

しかしこれが『綾女の物』というだけで、尚吾は冷静に対処できなくなってしまう。

心が騒ぐ。

あの絶望感の只中で封じ込めた、熱い想いが噴出しそうで…落ち着かない。

 

あれから11年も過ぎているのに―― 今頃になって『大道寺綾女』の名前を見ただけで、こんなに気持ちが乱されるとは思いもしなかった。

 

それにしても、と尚吾は綾女の履歴書を見ながら考えを巡らせていく。

   高校卒業と大学入学の間に存在する、4年の空白期間が気になる

   旧姓に戻っている、ということは……離婚したのだろうか

   現住所は……あの家とは全く違う場所だ

   何故?

   どうして?

次々と疑問が湧いてきた。

 

 

 

尚吾は―― 通常なら1対5で行う面接を、綾女とは1対1で行うことにした。

語学も堪能な彼女は、採用枠から外せない。

それどころか頼み込んででも我が社に来て欲しいほど、優秀な人材だ。

しかし…己の心が不安定なままでは、同じ職場で働くのは無理だ。仕事に支障をきたすことなど、私情を挟むことなど、絶対にしたくない。

尚吾は考えた。

心が騒ぐのは、あんな形で別れてしまったのが原因じゃないだろうか…と。

ならば―― 彼女の言い分を聞き、話し合い、己の気持ちと向き合い、整理し…その上で採用すれば大丈夫、という結論に達した。

綾女にしても、そうだろう。新しい上司が尚吾だと知れば、驚くに違いない。

今後の為にも…やはり2人だけで話し合う必要がある。

(さて。面接官の私を見て、どんな顔をするんでしょうね…)

 

 

尚吾はずっと―― 綾女に裏切られたと思っていた。

綾女が、尚吾に捨てられたと思っているなど―― 想像もしなかった。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

「本日の結果につきましては後日、封書にてお知らせいたします」

 

夕方の会議室。

面接を終えた尚吾は、手元の書類と履歴書をファイルに綴じていた。

採用枠3人の内、2人は決まった。

綾女には…明日10時、此処で会うことになっている。

私の顔など、もう見たくもないと思っているでしょうか……

呟いた尚吾の声は、会議室に漂い…消えていった。

 

 

 

 

その夜。尚吾は藤堂と、ホテルのバーでグラスを傾けていた。

 

「今日、派遣社員の面接を終えて2人の採用を決めました。あと1人―― 大道寺綾女さんの面接は明日、行います」

「あんなに取材の反響があるとは思わなかったから、本当に参ったよ。酉島さんに対処を依頼して正解だったな。ありがとう」

「社長、煽てても何も出ませんよ?」

「おいおい、プライベートで『社長』だなんて…」

「先に仕事の話を振ったのは、『社長』です」

「…そうだった」

藤堂は苦笑した。

 

「…藤堂さんも社長としての貫禄が出てきましたね。3人で走り回っていたのは、ほんの数年前のことなのに……随分と昔のような気がします」

「あの頃から、変わらず俺たちは…酉島さんの世話になってばかりだ」

「そんなことありません。あなたたちが努力したからこそ、今が在るんですから」

「会社の立ち上げから社員の雇用、取引先の確保まで…俺と藤島だけじゃ無理だった。酉島さんが居てくれたから此処まで来れたんだと思う。…感謝してます」

「藤堂さん……」

「…ということで。これからもよろしくお願いしますよ、人事課長さん」

「いえいえこちらこそ、社長さん」

そう言って藤堂と笑いながら話す尚吾に、1人の若い男が近づいてきた。

 

「あの、不躾ですみませんが…あなたは酉島尚吾さん、ですか?」

 

「ええ、そうですが…あなたは?」

話しかけてきた男に、訝(いぶか)しげな顔を向ける尚吾。

「俺…大道寺勇人(だいどうじ ゆうと)っていいます。綾女の弟です。あなたに、どうしても聞いていただきたいことがあって…」

「綾女の…弟…?」

「お願いします、俺の話を聞いてください!」

その身を90度に折り曲げて頭を下げる勇人に、尚吾は戸惑いを隠せなかった。

(綾女の親族が、私に……何を聞けと?)

 

 

今更、と思った。

だが勇人の必死な様子を見ているうちに、気持ちが変化していった。

(そこまで仰るのなら、聞かせてもらいましょうか…) 

「いいですよ、聞きましょう」

 

尚吾は、軽い気持ちで承諾した。

 

 

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