再会/真相 (現在)(2.尚吾)
「聞きましょう」と、返答したものの……勇人のことを、藤堂にどう説明しようかと尚吾は思案していた。 すると――
「たまには自分自身の為に行動すればいいんだ。他のことなんて気にするな」
藤堂の言葉にハッとして、息を呑む。 綾女との一件があって以来、尚吾は己を大切にしてこなかったからだ。 自棄になって様々な女性と関係を持ち、無理に仕事を入れ―― アメリカに居た頃の生活は、それはもう酷いものだった。 体を壊して入院したこともあった。 しかし職を辞して帰国し、藤堂たちと知り合ってからは―― 彼らと会社を第一に考え、奔走してきた。 もう以前のような無茶はしないが、今でも己自身のことは後回しにしてしまう。 (気付かれていましたか…)
「やはり藤堂さんは、勘の鋭い人ですね」 尚吾と『大道寺』と名乗った男との間に、何かを感じ取った藤堂。おそらく綾女との関係も、推測したに違いない。 でも彼の口からは、そんなことは一言も出てこなかった。
「野生の勘ってやつだ。 …じゃあまた明日。あまり遅くなるなよ?」 普段どおりに話し、右手を上げて去っていく。 「ええ、また明日…」 そんな藤堂の心遣いに感謝しながら、尚吾は返した。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
勇人と共に乗り込んだタクシーは、大道寺家へと向かっていた。 運転手に行き先を告げた勇人が、隣の尚吾に目をやる。 「無理を言ってすみませんでした。あなたのことは、綾女から何度も聞かされていたんです。俺、ずっと探してて…。それが今日、先輩に誘われて初めて行った場所で綾女と酉島さんの名前が聞こえてきたから……本当に驚きました」 「私を…探してた?」 「はい」 「どうしてですか?」 「それは―― 詳しいことは、家に着いてから…お話します」
そう言って目を伏せたきり、勇人は黙り込んでしまった。 頑なな様子に、何も聞けなくなった尚吾は―― 仕方なく窓の景色に目をやった。 それから10分程で、タクシーは大きな門の前に停まった。 年代を感じさせる、その古い洋館は―― 塀の外から見たことはあるが、入るのは初めてだった。
「どうぞ。親父は今、入院していて…俺、独りで住んでいるんです」 「…おじゃまします」 勇人の後に付いて広い玄関を入り―― 幾つも扉のある廊下を歩き…応接間へと通された。 「お茶を用意してきますので、掛けてお待ちください」 そう言って扉を開けて行く後姿に、溜息が出てきた。 (はぁ…)
どうやら、今から勇人がする話は――ソファに座って、お茶を前に置かないと、言い出せないような……そんな内容のようだ。 軽い気持ちで「聞きましょう」と返答したのは、間違いだったのかもしれない。 帰宅するのは最悪、夜中になるかも…と尚吾は思った。
それから数分後に戻ってきた勇人の話は、尚吾の想像を絶するものだった。
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「兄貴が死んだのも、綾女が不幸になったのも、みんな…俺の所為なんです」 「!?」 「俺…中学校の帰り道で、あなたと綾女が抱き合ってるところを見たんです。 「………」 「俺、ホント馬鹿でした。学校で仲間と話してるような、軽いノリで言うなんて…。親父が知れば、綾女がどんな目に遭わされるか…考えれば想像できたのに…」
尚吾は勇人の話を聞きながら、切羽詰った様子で電話を掛けてきた綾女を思い浮かべていた。 目を閉じれば、あの泣き声までもが鮮明に蘇えってくる…。
「軟禁状態になった綾女は、登下校も兄貴の車で送迎されるようになりました。 「え!?」 尚吾は驚いて目を瞠った。 初耳だった。 綾女が交通事故に遭っていた!? 「いつ?」 「…12月22日。終業式の帰りです」 「あ、……」
それは綾女の声を最後に聞いた日。そして尚吾が本社へ行くのを決めた日…。
「親父は…全てを綾女の所為にしました。『お前が死ねばよかったのに!』って、綾女を責めました。でも責められるべきなのは――」 「勇人くん、綾女は…どんな怪我を負ったんですか?」 「…右腕と右足を骨折しました。でも足は車体に挟まれて、酷い状態だったので手術をしました。苦労してリハビリして…やっと歩けるようになって、退院して…」 「完治、したんですよね?」 「医者は『できることは、やりました』って。けど、綾女は…もう走れません」 「…走れない…?」 「歩くのも、長距離は無理なのに……それなのに高邑から追い出された綾女は、あれからずっと行方が分からないんです。家にも連絡してきません。 (何だって!?)
「ちょっと待ってください! 『追い出された』って、どういうことですか!?」 「あの家は『跡継ぎが産めない』って理由で、綾女を…追い出したんです」 「まさか!」 「本当です! 高邑惣一は、他の女を孕(はら)ませて―― 綾女と離婚した直後に、その女と再婚しました。…今、子どもが3人居ますよ」 「そんな……」 「『兄貴の親友』って言うから信用したのに、アイツから結婚を申し込んだくせに、なのに…綾女を傷つけやがって…」 「勇人くん…」 「アイツ等にも腹が立つけど、何もできない自分が腹立たしくて、悔しくて……」 俯いて肩を震わせて泣く勇人に、尚吾の心は乱れた。
知らなかった。 綾女が結婚してからというもの、タカムラに関することは極力耳に入れないようにと避けていた己自身を悔やんだ。 別れ際、尚吾は―― 「綾女とのことは、私から話を通すつもりでいました。父上の怒りを買う時期が、少し早まっただけで…何もかもが勇人くんの所為じゃありませんよ」 そう告げて、大道寺家を後にした。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
尚吾は考えていた。 『何もかもが勇人くんの所為じゃない』だなんて……ズルイ言い方だったと思う。 まるで「少しは君の所為でもあるんだよ」と暗に言ってるみたいじゃないか! (他に言いようがあったんじゃないのか!?) 確かに勇人の言葉が、切っ掛けだったろう。 だが事故も決別も結婚も浮気も離婚も―― その後に起きてしまったこと、全ての責任を勇人に問えるのかといえば…それは否だ。 綾女との未来が壊れたのは、誰の所為? 彼女の心と体が傷ついたのは、誰の責任? その中に己自身も入っている可能性に気付いたとき、尚吾は身震いした。
綾女の事情を知ることができたのは、本当に良かったと思っている。 けれど…悩んでしまう。 面接のとき、何と言って声を掛ければいいのだろうか… |
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