再会/真相 (現在)(3.綾女)
綾女は一人で電車に揺られながら、物思いに耽っていた。 いつもは直属の上司と共に出向いているのに―― 今回は「とにかく先方の人事課長の面接を受けて」と言われただけで、詳細は何も聞かされていない。 語学に堪能な自分が選ばれたのだから、予想はつく。 けれど何故か不安だった。 それは『嫌な予感』とでもいうか…
「仕事内容を詳しく聞いておけば良かったわ…」 綾女が呟いた言葉は、周囲のざわめきに混(ま)じって消えていった。
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駅前の大きなビルの3階フロアを、全て借り切っている『(株)T&F』。 それだけでも凄いのに、情報処理会社の注目株として新聞や雑誌に掲載されていて―― その記事は綾女も目にしていた。 (こんな会社の人事課長って、どんな人なのかしら)
様々なことを考えながら指定された部屋で待っていると、ノックの音が聞こえた。 慌てて立ち上がると…入ってきたのは、髪を七三分けにした黒縁眼鏡の男性。 スーツもネクタイも地味な色で、見たところ40代くらいだろうか。好感の持てる、とても落ち着いた雰囲気の人だった。 その第一印象に、綾女は安堵したが――
「どうぞ、お掛けください」 (!!) ドキン! と心臓が跳ね上がってしまった。 それは自分を捨てて行ってしまった最愛の彼と同じ声。綾女は激しく動揺した。 「……はい。よろしくお願いいたします」 何とか気を持ち直して挨拶を返したけれど、心臓はまだドキドキと煩く鳴っていて―― 彼の姿までもが脳裏に浮かんでくる。 (しっかりして! これは面接なのよ!)
自身を叱咤激励して平静を装おうとした。けれど…その努力は無駄だった。
「人事課長の酉島尚吾です。……お久しぶりですね」 「…嘘…」 綾女は全身から血の気が引いていくのを感じた。
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「頑張ろう」「いつでも電話を待っている」と言っておきながら、黙って遠くへ行った彼を…恨んだこともある。 けれど人間の醜い部分を見せられ、傷つき、空っぽになって、もう何もないと思っていた心には―― 彼への想いを封じ込めた小さな箱が、ぽつんと一つだけ残っていた。 この想いを胸に抱いて生きていこうと…そう決めて、独りで乗り越えてきた。 (なのに、どうして……)
「また会えるとは…正直、思っていませんでした」 長い沈黙を破って尚吾が話し始めるのを、綾女は呆然と立ち尽くしたまま聞いていた。 「………」 「…どうして黙っているんですか? 私に言いたいことは何もない、と?」 「………」 「ねぇ大道寺さん、何か仰ってくれないと分かりませんよ?」 「…どうして…どうしてそんな平気な顔で話せるの!?」 「…大道寺さん?」 「私を捨てて行ったくせにっ!!」
その言葉を発した途端、今まで押さえつけていた想いが堰を切ったように綾女の口から溢れ出てきた。
「あなたのことを恨んだわ! どうして黙ってアメリカに行ったの!? 『好き』も『愛してる』も全部嘘だったの!? 信じた私がバカだったの!?」 高邑の家に嫁いで以来、流すことのなかった涙も溢れてきた。 「あなたに裏切られて……それでも私、あなたのことが嫌いになれないの。本当にバカよね……」 「大道寺さん、もう…」 「ねぇ、どうして前みたいに『綾女』って呼んでくれないの? もう私のことは嫌いになった? …他の男に抱かれた女は要らないって――」 「言うな!!」 「っ!!」
怒鳴り声に身を竦ませた綾女は その直後、尚吾に抱きしめられていた。 |
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