上司〜記憶

(優希side)

 

 

ある朝、出社すると課長に呼ばれた。

「池永さん、明後日から新しい係長が来るから。よろしく頼むよ」

「はい。でも明後日…ですか?」

「そうなんだよ。私も今朝になってから言われたんだけどね…。社長の大学時代の友人で、他社からヘッドハンティングしたそうだよ」

 …そんな凄い人が来るんだ…

 

「助かるよ…。ウチは長い間、係長不在だったからね〜」

前任の係長は能力を買われて開発へ行ってしまい、それ以降ずっと不在だったそうだ。

 

 

副社長とスケジュール確認しているときにも、その話題になった。

「新しい係長の話は聞いた?」

「はい。社長自らヘッドハンティングされたそうですね」

「本当は3人で会社を興す予定だったんだ。でも当時のアイツは事情があって即金が必要だったから、その話は消えてしまった。しかし今はその心配も無くなったし、この会社も軌道に乗ってきたから…呼ぶことにしたんだ。実は『T&F』のTは、アイツのイニシャルでもあるんだよ」

「そんなに優秀な人なんですか?」

「ああ。俺たちはソフトの方なんだけど、アイツはシステムの方が専門なんだよ。なのに『その会社のことを知るには、総務に入った方がいいんじゃね?』なんて言いやがって!…勿体無いと思わねぇか?まったく、アイツは…」

「副社長、あの…言葉使いが、ちょっと……」

「あぁ、ついプライベートモードになってしまった。すまない」

「いえ…」

苦笑するしかない。

「とにかく、だ。今は総務に入ってもらうが、そのうち開発の方に異動させるつもりだ」

 …「新しく係長が来る!」って課長が喜んでらしたのに、また異動…

 

「君の上司ってことになるけど、そんなに緊張しなくてもいいよ。とても良いヤツだからね」

「はい。呆れられないように、精一杯頑張ります」

 

副社長の話を聞いてから余計に、新しい係長に会うのが楽しみになった。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

その日は、朝から雨だった…

 

「皆に紹介しよう。本日10月1日付けで、新しく係長に……」

課長に紹介された、その人は…徳田義人(とくだ よしひと)さん、27歳。

 …高い…

 

社長と副社長も180cmあるけど……この人は185cmくらいかなぁ…

ノンフレームの眼鏡かけてるんだ……

あれ?…この人…昔、会ったことがあるような気がするけど……もしかしたら…?

なんてことを考えてたら

池永さんッ!

隣の先輩に肘で突付かれて、我に返った。

 

「はいッ!」

「僕の話、聞いてた?」

え、係長?

不味い!…聞いてなかったよぉ……

「…すみません…」

「『順番に自己紹介してくれる?』って聞いたんだけど?…で、君の番」

「はい。…この春に大学を卒業しました、池永優希です。よろしくお願いいたします」

「池永…優希?」

そのとき、係長は怪訝な顔をしていたが…私は全く気づいていなかった。

 

やっちゃったよ、どうしよう…ということばかりが頭の中をぐるぐる回っていたから

そんな余裕なんて無かった…

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

新しく来た係長は、とてもデキル人だった。

 

要領よく仕事をこなし、事務処理の無駄な点を指摘し、効率よく回っていく方法を提案し、………

私はもう尊敬の眼差しで係長を見ていた。

毎日、会社に行くのが楽しみになった。

そして、この人は……私の、憧れの人…

 

 

兄は高校に進学すると、頻繁に友人を家に連れてくるようになった。

皆さん、兄と同じく外見は怖そうなんだけど…とても優しい人ばかりで。

当時は小学生だった私も、よく遊んでもらっていた。

普通、高校生が小学生を相手にすると思う?

でも、彼らは…そんなことは全く気にしなかった。

「優希ちゃんは俺たちの、お姫さまなんだからね♪」なんて言って……とても大切に扱ってくれた。

 

 

大学生になっても、兄は相変わらず友人を家に連れて来ていたけど…

私が高校に進学した、ある日。

その中に、「えぇッ?この人が、お兄ちゃんの友だち?」と思うような人がいた。

皆から「ヨシ」と呼ばれているその人は、銀縁の眼鏡をかけていて…おとなしい感じがして、話し方も落ち着いてた。

でも会話では兄たちに負けてなかった。

彼の理路整然とした説明には、むしろ兄たちの方がタジタジになってて……

 …こんな凄い人がいるんだ…

 

常々、兄のことは尊敬していたんだけど「上には上がいるんだ…」て思った。

そのことがキッカケになったのか、それとも眼鏡にクラッときたのかは分からないけど

その人のことが好きになった。

淡い初恋、ってゆう感じかな?

でも彼が来たのは、その日だけで……あれから1度も会えなかった。

 

なのに、やっと会えたと思ったら…上司になっちゃってさぁ…

毎日、会社で会えるのは、とっても嬉しいんだよ?

嬉しいんだけど…な〜んか複雑。

 

 

係長は私のこと、覚えてる?

もう忘れた?

それとも…初めから目にも留まってなかったのかなぁ…

 

 

 

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