驚愕!激怒

(優希の兄side)

 

 

「おい優希!どうした!?」

 

取引先との会食を終え、マンションに着いた俺は

玄関の鍵を挿しこみ、開けようとして…鍵が開いてるのに気づいた。

嫌な予感を払い除けながら、扉を開け…そこに倒れている優希を見つけた…

 

ぐったりしている優希を抱えようとすると、ボタンも留めずに合わせたままのコートが開いた。

「!!!!」

そこには、あきらかにレイプされたと思われる痕跡が…

 …ウソだろ!?

 

俺は込み上げてくる怒りを堪えながら

未だ意識が戻らない優希を車に乗せて、かかりつけの病院へと急いだ。

 

優希を、こんな目に遭わせたのは…いったい誰なんだ!!

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

優希は、5歳下の妹だ。

産まれたときから「俺が、お兄ちゃんだぞ?優しくしてやるから、可愛くなれよ〜」と言って、優希の頭をナデナデしていたらしい。(お袋から聞いた話だ)

その願いが聞き入れられたのか!?

優希は実際、めちゃめちゃ可愛くなった。

おまけに優しい性格で、純粋で、可憐で、………俺とは正反対だ。

 

 

俺は高校に入ってから、よく悪友どもを家に連れて帰るようになったけど

そいつらも「おやゆび姫みたいに可愛い優希ちゃんが、お前の妹だなんて。そんなの嘘だろ?」なんて言いやがる。

それから優希は、皆から『姫』と呼ばれるようになった。

当時は小学生だった優希も『姫』と呼ばれると嬉しいらしく、「ありがとう♪」とニッコリ笑って応える。

それがまた奴等のツボに嵌ったのか、輪をかけて可愛がられるようになった。

いつも学校で、気が強くて文句ばかり言う同年代の女子を相手にしているからなのか……優希の笑顔は、奴等にとっての『癒し』になっているようだった。

俺が「変なこと教えるなよ!」と睨みを効かせなくとも、奴等は自分たちでルールを作って優希に接してくれていた。

お前等は、小学生を相手に騎士(ナイト)気取りかよ!?と思わなくもなかったが

「お兄ちゃんが増えたみたいで、嬉しいな〜♪」

と喜んでいる優希を見ると、何も言えなかった。

俺も相当甘い。

 

そんな優希が……

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

「イヤ―――――ッ!!」

突然、処置室から悲鳴が聞こえた。

 

 

慌てて扉を開けて中へ入ると…診察ベッドの片隅で、自分の体を抱いて震えている優希の姿が見えた。

いつもの若先生が診てくれる、というから…安心していたのだが…

 

「イヤ…触らないで…ヤメテ…」

優希は、泣きながら震えていた。

とても興奮していて、周りが全く見えていないようだ。

「助けて…お願い……痛いよぉ…」

見ている方が、辛くなるような姿で

「もう…いやぁ……」

聞いている方が、悲しくなるような声で

 

こんな泣き方、今まで見たことがない。

優希の、傷ついた心が…どうしようもなく哀しくて切なくて…

優希?

これ以上、興奮させないように…と静かに声をかけながら、近づいていく。

……おにい…ちゃん?

ゆっくりと顔を上げ、周囲を探るかのように優希が動く。

 …反応してくれたのか…?

 

「お兄ちゃん――ッ!」

俺を認識した優希が、縋るように抱きついてきた。

 

よかった…

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

優希が落ち着いたのを確認してから…

俺は隣の部屋で、若先生から説明を受けた。

 

 

「優希ちゃんとは顔なじみなんですが…悲鳴を上げられてしまいましたねぇ…」

若先生が、ため息混じりに言う。

その気持ちは良くわかるぜ。

優希に「イヤ――!」なんて拒絶されたら、俺なら再起不能になっちまう。

 

「ご両親は、来られないんですか?」

「オーストラリアに居るんだ。親父の赴任先なんだが…お袋は、あっちで正月を過ごしてから帰ってくる。暢気なもんだと思っていたが、今じゃ良かったと思うよ。…俺でも、受けたダメージは相当なものだしな…」

「それでは、お兄さんに症状の説明をしますね。優希ちゃんは、よほど抵抗したらしく…打撲と擦過傷が、あちこちに在ります。そちらの治療は終えましたが…今から…婦人科の医師に診察させます」

「婦人科だと!?」

「念のために、です。今後の治療には…医師も看護師も、全て女性スタッフで担当させますね。その方が彼女も落ち着くでしょう。…これは私の専門外ですが…男性恐怖症のようですので…カウンセリングが必要であれば、手配します」

「…男性恐怖症?普通に見えたが…」

「お兄さんは特別なんでしょう…。それから…傷の様子から見ると、場所は野外じゃないですね。車の中だと思います」

「そんなことまで判るのか?」

「はい。それから…この件を、警察に届けますか?」

「警察に…」

「ええ。ですが…警察官が報告書を作成するために、そのときの様子をこと細かく聞かれます。女性にとっては思い出したくない事柄でも、根掘り葉掘り聞かれるんです。まるで現場を再現しているように……」

「………」

「そのことを踏まえた上で、慎重に決めてください」

「…届けるかどうかは…優希の様子を見て、俺が判断する」

「わかりました。では……」

 

 

その後、俺たちは一時間ほど話をした。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

案内された病室には、診察を終えた優希が眠っていた。

まだ顔色は悪い。

 

ベッド横の椅子に座り、寝顔を見つめながら…これからのことを考えた。

 

 

ぅ…ん……

優希の瞼が動いた。

「起きたのか?」

ん…お兄ちゃ…ん…

「どうした?」

「…ごめん、ね。…心配…かけちゃった…」

無理に笑おうとする優希が、痛々しい。

「気にするな」

手を伸ばして、頭をそっとなでてやる。

「…パパと…ママには…言わないで。それ…と……」

見る見るうちに、優希の目に涙が溢れてきた。

「会社、辞めたい……。お願いだから…辞めさせて……」

「優希?」

「中途半端で…ごめんなさい。迷惑かけて、ごめんなさい。でも、もう……
できないの。……誰にも、会いたくない……」

 

 

俺は何も言えず…泣きながら何度も「ごめんなさい」を繰り返す優希の手を、ただ握り締めて…頭をなでてやることしか…できなかった…

 

 

 

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