偽りと真実(義人side)
藤堂と藤島に殴られてから、どれくらい時間が経ったのかは分からないが…ずいぶん経ったように思う。でも実際は、ほんの数分だったのかもしれない。
「ヨシ、言いたいことがあるなら言えよッ!」 胸倉から乱暴に手を離し、藤堂が睨んだ。 顔が腫れあがり、口の中も切れて血が出ている僕。 足に力が入らなくて、立っていられずに壁に凭れ…そのまま座り込む。 でも彼女 ―― 池永さん ―― の痛みに比べたら、こんなもの……。
「…全部、話すよ。僕が、見たこと…思ったこと。…何もかも…」 開け難い口をなんとか開け、そう前置きして…ポツリポツリ話し始めた。 11月末に見た光景から始まった、全てを…。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
「お前…」 「なんで…」 2人とも、そう言ったきり黙ってしまった。
それから…暫くして、藤堂が口を開いた。 「どこをどう見たら優希がそんな女に見える!?どこから見ても、優希は純粋そのものじゃないか!!」 「…なぁ、お前……もしかして優希ちゃんのこと、分かってないのか!?」 続いた藤島の言葉が、妙に引っかかった。 「え?」 …分かってない?何が?
「優希は俺の妹だ!!」 「なッ!…池永さんが、あの優希ちゃん!?」
嘘だろ!?まさか!そんな……
「会ったことがあるはずだ」 藤島が言う。 「ああ、5年前に1回だけ…。でも、まさか…あの子が…」 「俺たちが優希ちゃんを大事にしてるの、知ってんだろ!?それなのに、お前は…」 「面影が似ているとは思ったけど…本当に!?…じゃあ何故、苗字が違う!?…何故『池永』と…」 「優希ちゃんは、お前を覚えていたんだぞ!?」 「彼女が本名を…『藤堂優希』と名乗っていたら、僕だって気付いた!」
ドンッ!!
藤堂が部屋の壁を叩いて、僕たちの争いを止めた。そして 「もういいッ!相手も分かったし…俺は今から一週間の休暇を取る。あとは庸一に任せるからな」 言うが早いか、コートを持って出て行ってしまった。
社長室のドアを閉める音が、やけに大きく響いた…。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
「…藤堂は、何処へ?」 「病院だ。優希ちゃんの入院先…」 「!!!」 聞いた途端、血の気が引いてゾッとした。 …僕は本当に、なんてことを……
「優希ちゃん、男性恐怖症になっちまったそうだ。『中途半端で、ごめんなさい。お願いだから会社を辞めさせて』って泣くんだってさ…。何度も何度も『ごめんなさい』って…」 「彼女は何も悪くない。謝るのは僕の方なんだ。僕が…」 「そうだ、お前が悪い。仮に…優希ちゃんがそいういう悪い女だとしても、あんなことをしても良いという理由にはならない。あれは犯罪だ。訴えられて当然の行為だぞ」 「…分かってる。彼女に会って謝りたい。謝って済むことじゃないけど、でも…」 「無理だ。俺でも会わせてもらえないんだからな…。医療スタッフは全て女性で固めているそうだ。男性で平気なのは『お兄ちゃん』だけ、らしい」 「それほどまでに…」
愕然とした。 僕は彼女に、とんでもない傷を負わせてしまった……
「…なぁヨシ、どうしてあんなことをしたんだ?…いつも冷静な、お前らしくないな」 「自分でも分からない。…何故あんなに腹が立ったのか、何故あんなに彼女のことが許せないと思ったのか…」 「ヨシ、お前……ハァ……」 藤島は、まだ何か続けて言いかけたが…溜息をついて黙ってしまった。
「なぁ、……聞いていいか?どうして彼女は『藤堂優希』と名乗らないんだ?」 「ん?それは――」 藤島は煙草を銜え、火を点けながら返事をすると…話し始めた。
「ヨシと離れた後、藤堂と俺とで出した2つ目のソフト。…お前、知ってるか?」 「1つ目の改良版、ってヤツだろ?」 「ああ。女性向けにイラストも加えて、ヘルプ機能も見やすくしたヤツな。あれは優希ちゃんのアイデアでさ…イラストまで描いてくれたんだ。それ以来、俺たちの仕事には『藤堂ユウキ』の名前で参加している」 「はぁ!?」 「信じられないだろうけど……当時、女子高生だった優希ちゃんのアイデアが当たったんだよ」 「そんなことが…」 「初めてソフトが売れたときは、大学生の俺たちだって色々言われたのに…改良版のメンバーに女子高生が入ってる、なんて知られてみろよ。『遊びのつもりか?!』なんて…誰からも相手にされなかったかもしれない。それに優希ちゃんの私生活を守るためにも、真実は絶対に知られちゃいけなかったんだ……。
僕も『藤堂ユウキ』の名前は知っている。だけど、こんな事情があったとは…
「これは俺たち3人だけの秘密だった」 「それで…本名から『藤堂ユウキ』だと気付かれないために、『池永』と?」 「それもあるけど…本人の希望によるところが大きいな。優希ちゃんは『社長の妹じゃなく、一個人として見て評価してもらいたいから…母親の旧姓を名乗りたい』と言ったんだ。このことは、俺たちの他には…人事課長だけが知っている」 「…納得したよ」
だから大橋課長、何も知らなかったんだな…
「それよりも、お前…これからどうするつもりなんだ?」 「…僕は…。…仕事は、きちんとするよ。それから…自分と向き合って、そして…彼女に、会いたい…」 もう彼女に会えないなんて、そんなの…嫌だ。 そう。 僕は…彼女に会いたい。
どんなに非難されようとも、どんなに酷い言葉を投げかけられようとも…僕は… |
- An original love story - *** The next to me ***