静かな時間

(優希side)

 

 

≪義人のマンションにて≫

 

 

「じゃあ優希、俺は帰るが……嫌なことがあったら電話してこいよ。すぐに迎えに来てやるからな」

「…お兄ちゃん…」

 

 

彼と初めて過ごすクリスマスを、とっても楽しみにしていた私。

なのに義人さんのマンションまで送ってくれた兄は、玄関に陣取ったままで……既に30分が経過している。

いくら「大丈夫だから、安心して」って言っても、なかなか帰ってくれないの。

 

入院して以来、輪をかけて過保護になってしまった兄。

それも義人さんと張り合うようにして、私に構ってくるんだから…呆れちゃう。

 

「僕が優希の嫌がることをするはずないだろ?」

「前科があるだろうが」

「いや、あれは……」

「お兄ちゃんっ! なんでそんなこと言うの!?」

 

もう『あの事』は言わないでほしい。

 

「でもな、優希…」

「義人さんは私のこと、ちゃんと大事にしてくれてるもん。だから大丈夫なの!」

「僕はもう、あんな誤ちは侵さない。信用してくれ」

「心配してくれるのは嬉しいけど、当人が『大丈夫』って言ってるんだよ?」

「………わかった。予定通り、10時に迎えに来る。それまで義人、頼むぞ」

「任せてくれ」

「お兄ちゃん…ありがと…」

「じゃあな」

そう言うと、兄はあっさりと帰っていった。

 

 

 

『あの事』は彼の車内で起きた。

私は未だに、彼の車に乗ることができない。

一度、助手席に座ってみたけれど……『あの事』が走馬燈のように頭の中を駆け巡り、身体の震えが止まらなくなってしまった。

だからといって電車やバスで移動できるかというと、それもまだ無理。他の男性と身体がくっつくなんて、とんでもない。怖い。

いつも兄は、そんな私を気遣って…自分の車で送迎してくれている。

けれど私は…いい加減、兄の好意に甘えるのは止めなくちゃと思い始めてる。

 

 

 

「優希、こっちへおいで」

兄が帰ってホッと息をつく私を、義人さんはリビングへと促した。


「近々、車を買い替える」

「勿体ないのに…なんで?」

「自業自得なんだが…あの車じゃあ、優希を乗せられないからね」

「え、でも時間を掛ければ……いつかきっと平気になるんじゃないかなと思ってる、けど…

「いつまでも待ってられないよ。…これは僕の我儘だと思って、譲歩してくれ」

「そんな……」

「藤堂の手を煩わせるのも悪いし、もう『お兄ちゃん』から卒業してもいいだろ?優希の送迎は、僕がしたいんだ」

「…ありがとう。でも私は、もう『兄離れ』できてるよ?」

「確かに。アイツの方が重症だよな……」

そう言って顔を顰(しか)める義人さんの表情が、可笑しかった。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

2人で部屋を飾り付けて、2人で料理を作って、2人で食べて……

何もかもを彼と一緒にするのは、とても楽しかった。

 …でも義人さんは、これでいいのかな。楽しんでくれたのかな…

 

リビングのソファの上。

義人さんの膝の上に乗せられ、背後から抱きしめられて…私は、ステレオから流れるクリスマスソングに耳を傾けながらアレコレ考えていた。

 

 

「ごめんね。私、まだ人混みがダメで…何処にも行けなくて…」

「急に、どうした?」

「今日、楽しかった? 私は楽しかったけど……義人さんは、レストランの方が良かったんじゃないかなって…なんか不安になってきて…」

「俗に言う『クリスマスデートして、レストランでディナーして』ってことかい?」

「…うん」

「とても楽しかったよ。僕は元々、騒がしいのは好きじゃないからね。それに…」

「なぁに?」

「こんなこと、外ではできないし…」

言いながら私の耳や頬に唇を当て、わざと音を立ててキスをする彼。

「や…んっ…」

思わず漏れ出る自分の声が恥ずかしくて、真っ赤になってしまう私。

「こうして優希を抱きしめながら音楽を聴いて……ゆったりと過ごす方が、外出するより何倍もいいよ」

「…よかった……」

 

 

私達の甘い時間は、静かに流れていく。

それは兄が迎えに来るまで、途切れることなく……

 

 

― End.―

 

 

 

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