「歓迎してくれてるみたいに咲いてるのね……」
校門の前に立って、感慨深げに桜の木を見上げている女の子が1人。
私の名前は木村裕美(きむら ゆみ)。身長は146cm、ストレートの黒髪は腰までの長さがあるの。
父の転勤で、こっちに来て……今日から、此処―― 桜花爛漫(おうからんまん)学園高等部―― に入学する。
此処はレベルも高くて、進学率も就職率も良くて、この辺りでは評判の学校で。両親に「この学校に行きたい」って言ったら、とっても喜んでくれたの。
それに……ここは校内で『花見』ができるのよ! すごいでしょ!?
桜の花が大好きな私としては、どうしても此処に受かりたかったから、自然と受験勉強にも力が入って……で、合格することができたの♪
中学までの友だちとは別れちゃって、少し寂しい気持ちもあるんだけど……なんか良いことが起こりそうな予感がするんだ〜
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
私は入学式が終わって即、同じクラスの野々村真紀(ののむら まき)ちゃんと友達になった。
敷地内が広すぎて迷子になってた私に、声をかけてくれたのが真紀。
背は165cmで、スラッとしていて、髪は茶色っぽいショートで、綺麗系の顔をしていて……話し方は、とてもハッキリしている。
「高等部の制服着た子が中等部の方に向かって歩いて行くんだもん、そりゃあ声かけるわよ」
「どうもありがとう、助かったわ。実は私、とんでもない方向音痴なの」
ペロっと舌を出しながら言う私に、あきれた顔をしながらも
「これからは私と一緒に行動しようよ。ね?」
と言って笑いかけてくれたのが、切っ掛けなの。
内部進学生で、中等部のときから吹奏楽部でアルトサックスを吹いている真紀は、いろんなことを教えてくれる。
「ピアノも練習してるんだけど、家にはピアノが無いの。そしたら先生が『練習室で弾いていいよ』って鍵を貸してくれたの」
練習室は8部屋あり、畳2枚ほどのスペースにアップライトピアノが置いてある。
音楽の先生が時間割を作成して「1日、2時間まで」と決められていて……
「練習したいときに先生に言って借りるんだけど、卒業するまで鍵を持ったままの人もいるんだよ。私みたいにね♪」
真紀は鍵を見せながら話してくれた。
私も小学校の4年生まではピアノを弾いていたんだけど、右手の親指を怪我してからは辞めていた。
―― あのときは泣いたなぁ…
ピアノという共通の話題もあって、真紀と仲良くなるのはとても早かった。
真紀の下に4人も兄弟がいる、と聞いた私はビックリ!
「一人っ子の私には想像もつかないけど、賑やかなんだろうね〜」
「慣れちゃってるから、平気よ。それよりも、裕美は部活どうするの?」
「中学のときはコーラス部だったから、こっちでも入ろうと思ってるんだ」
「あら残念ねぇ。音楽関係は、吹奏楽部だけよ?」
「えぇッ! そうなの?」
「そうなの。…だから一緒に、しよ?」
「無理無理!楽器って、ピアノしかしたことないんだよ? 右手の親指だって動きにくいし……」
「だ〜いじょ〜ぶ♪ 先輩が優しく教えてくれるし、ノープロブレム」
「優しい……の?」
「うんうん。ね、行こ?」
「ほんとに大丈夫なの? ……あんまり気が進まないんだけど…」
「見学だけでもイイから、ねッ。今日の放課後、行こうよ♪」
「うん……見るだけ、なら……」
あんまり気が乗らなかったんだけど、真紀と一緒に行く約束をした。
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放課後。
私が真紀の後に続いて音楽室に入って行くと、4人の先輩(らしき人たち)がいた。
「こんにちは。きょうは友だちを連れてきたんですよ」
やっぱり先輩みたい。真紀が敬語で話してる。
その人たちが真紀から目を移して一斉に私の方を向いて……注目!!
―― ヤダ、見ないで!
みなさん笑顔なんだけど、146cmの私にしたら『怖い』以外の何物でもない!
「……こ、んにち、は」
顔を引き攣らせながらも、やっとの思いで挨拶をすると、声を掛けられた。
「入部希望者?」
「!!!」
その人を見たとたんに、私の動きは止まった。
背は180cmくらいで、黒いサラサラの髪の毛、涼しげな目元。目鼻立ちがハッキリしていて、優しそうな中にも厳しさがあって……
こんな人、初めて見た。
心臓がドキドキして、目が離せない。
もう頭の中は真っ白で、何も考えられない。
「はい…入部…します…」
その人の顔を見つめたまま、思考が停止した頭で返事をした。それを聞いて驚いた真紀が、横で目をまん丸にして見ていたのにも気づかなかった。
「……じゃあ君のパートを決めておくね。練習は明日からってことで、この入部届けを書いて持ってきて……」
別の人から説明を受けても、私の思考はまだ停止したまんま。
入部届けの用紙を渡され、真紀に引きずられるように音楽準備室に連れて行かれ、「ちょっと裕美、『見学』に来ただけじゃなかったの!?」と両肩を揺すられてから……やっと元に戻った。
「……私も、そのつもりだったのよ? でも……」
「でも?」
「あの先輩の顔を見てたら、口が勝手に動いちゃったんだもん」
今になって震えてきた。
「口が勝手に、って……」
こめかみを押さえながら真紀が言う。
どうしてあんなことを言っちゃったのか、自分でも分かんない。
「真紀〜〜どうしよう〜」
「こうなったら、やるしかないわね。私としては裕美と部活ができて、嬉しいけど?」
「できる……かなぁ…」
「そんなこと言ってないで、ほらッ裕美! 一緒にやろうよ!」
「うん……真紀、お世話になるね。……よろしくお願いします」
15歳の春、思いもよらず入部が決定しちゃいました。
―― ものすごーく不安……
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その後、真紀から先輩のことを教えてもらった。
瀧川稔(たきがわ みのる) 理数系特進科3年 吹奏楽部の前部長。
一卵性双生児の弟。
兄は瀧川学(たきがわ まなぶ) 文系特進科3年 吹奏楽部の前副部長。
部活以外でも行動を共にすることが多く、「瀧川ツインズ」と呼ばれている。
学園内では「瀧川兄(たきがわ あに)」「瀧川弟(たきがわ おとうと)」。
吹奏楽部内では「学(まなぶ)先輩」「稔(みのる)先輩」。
どちらも182cmで、並ぶと瓜二つ!だが、兄の方が色素が薄く ―― 染めてはいないが ―― 栗色の髪をしている。
2人とも優しい性格をしているが、「兄は包み込むような優しさ」で「弟は優しくて厳しくて」…と、若干違う。
部活でも、見事な連携プレイ ―― 稔先輩が厳しく指導したあとに、学先輩が優しくフォローする ―― を見せている。
「……と、こんな感じね」
「そうなんだ……」
「で、裕美は稔先輩が気になる、と」
「……うん」
「じゃあ……好きなの?」
「分かんない。男の人を見て、胸がドキドキしたことなかったから……。こんなの初めてなの。これって、『好き』ってことなのかなぁ」
「気になってドキドキする、っていったら……普通、そう言うわよ?」
「そう……なの?」
これが『好き』っていう気持ち……?