翌日の放課後。
「日直で、センセに呼ばれてるの。悪いけど先に行っててね」と真紀から言われた私は、1人で音楽室へ行った。
「僕は部長の大野孝行(おおの たかゆき)。木村さんはクラリネットに決まったよ。今日からよろしく」
大野先輩の横には160cmくらいの、肩までの茶色い髪がふわふわっとしている女の人が居た。
「副部長の有田美香子(ありた みかこ)です、よろしくね。私もクラリネットなの。こんな可愛い後輩ができて、とってもうれしいわ〜vv なんでも教えてあげるから、いっぱい頼ってきてね♪」
有田先輩からの熱烈な大歓迎を受けて抱きしめられた私は、「よろしくお願いします」も言えずに目を丸くして固まったまんま。
「……有田さんの嬉しい気持ちはよく判るんだけど、そろそろ時間だよ?」
微笑みながら私たちを見ていた大野先輩が、声をかける。
「そうだったわね。……木村さん、視聴覚室に行きましょ。そこで皆に紹介するわ」
ようやく抱擁を解かれた私は、先輩たちに連れられて視聴覚室へと向かった。
そこにはもう中等部と高等部の吹奏楽部員が集まっていて、黒板に向かって扇形になって、パイプ椅子に座っていた。
―― あ! 稔先輩……
稔先輩の姿を見つけた途端に、心臓がドクン! となった。
そこには学先輩と稔先輩が、並んで座っていたけど……なるほど、2人は本当にソックリだ。
「中等部は9人、高等部は10人、総勢19人なのよ。裕美が入ってくれたから、1人増えるわね〜」
いつの間に来たのか、真紀が横に立って説明してくれた。
稔先輩の方をずっと見ていたい気もするんだけど……真紀に続いて、私も皆と同じようにパイプ椅子に座った。
「ただ今より練習を始めます。まずは出席をとります。小林さん、瀧川学さん、瀧川稔さん、羽山さん、大野くん、岡村くん、中山純さん、北野くん、野々村さん……」
副部長の有田先輩が出席をとったあと、部長の大野先輩が『本日の練習予定』を伝える。
「それと……今日から、新しい仲間が増えました。高等部1年3組の木村裕美さんです。クラリネットを担当してもらいますので、みんなヨロシクお願いしますね」
部長に目で合図され、立ち上がって前に出る。
「木村裕美です。初心者なので分からないことばかりですが、みなさんと一緒に早く演奏できるように頑張ります。よろしくお願いします」
―― よかった。ちゃんと言えた……
「はい、質問いいですか?」
―― え……あの制服は中等部?
「身長は何センチあるんですか?」
「……146cmです……」
「かわいいーー!」
―― いいえ、かわいくないですから……
「じゃあ私よりも低いんだ〜」
声のした方を見ると、金色に近い茶色の髪をしたフランス人形みたいな可愛い人が居た。
「私は149cmだから……3cmの差ね♪」
「じゅん先輩よりも低いの!?」
―― あの人、じゅん先輩ってゆうんだ……
「じゃあ中等部の子たちよりも低いんだ!」
「それって、この中でいちばん低いってことか?」
「この中、っていうよりも学園の中、かもよ?」
「えッ! ……マジで?」
「かわいいー! オレと25cmも違うんだ〜」
「オレとは……」
「私とは……」
みんなが騒ぎ出して、収拾がつかなくなってきた。
―― なんでこうなるのよぉ……
恥ずかしくて泣きそうになってるんだけど、どうしたらいいのか分かんなくて…黒板の前に突っ立ったまんまの私。
このまま暴走していくの!? と思ったとき
「静かに!」
稔先輩の一言で、収まっちゃった。
―― 先輩、すごいです……
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
その後、私は有田先輩に連れられて、音楽準備室に来ていた。この先『自分の楽器』になるクラリネットを選ぶために……
「さっきはごめんね。ビックリしたでしょ? でもみんな、悪気は無いから……許してあげてね?」
「許すも何も、そんな……気にしないでください……」
「木村さん……ていうよりも『裕美ちゃん』て、呼んでいい?」
「はい♪」
「裕美ちゃんは背の低いこと、気にしてるのかな?」
「気になるけど、気にしないようにしています。母も高校生のときに伸びたそうですから、私もそのうち……って思っているんです。ただ……」
「ただ?」
「『髪の毛に栄養が行ってるから、背が伸びないんじゃないの?』とか『髪の毛の伸びる人形みたい』とか言われるのは……イヤです……」
「そんなこと言う人がいるの!?」
「はい……。ここのみなさんは、単に驚いただけみたいですけどね。でもあのときは、もうどうしたらいいのか分からなくなっちゃって……すごく困りました」
「それに関しては、ホントごめんね。この部は『練習は真面目にきっちりと! 遊ぶときはトコトン思いっきり♪』がモットーなの」
「さすがというか……すごいですね」
「でもみんなが羽目を外しそうになったときのストッパーは、稔先輩なのよ」
「だから、さっきの……」
「そう。あんなに煩かったのに、たった一言で収まったでしょ? ……だけど稔先輩が引退しちゃったら、この役は……たぶん岡村くんが引き継ぐんじゃないかな」
―― え! 稔先輩が引退しちゃう!?
有田先輩の何気ない一言が、心をチクッと刺した。
―― なんで……胸が痛くなるの?