高等部になってから吹奏楽を始めたのは、私ひとりだけだった。
「クラリネットとサックスは、リード楽器って言ってね……」
楽器を選んでくれた有田先輩は、リードの付け方・マウスピースの咥え方など……教則本を手に、初心者の私にもよく分かるように説明してくれた。
その他にも………
視聴覚室は金管楽器(トランペット・トロンボーン・ホルン)と打楽器が、音楽室は木管楽器(サックス・クラリネット・フルート・ピッコロ)が、主に使用していること。
また、それぞれのパートで練習するときの『場所』も決まっていること。
そして全員が視聴覚室に集まるのは、始めの会・終わりの会、ミーティング、合奏のときだということ。
………を教えてくれた。
ある程度の音が出せるようになり、指も動くようになってくると……有田先輩は「もうそろそろ簡単な曲を演奏できるわね。コレなんてどうかしら?」と言いながら、教則本の中から1曲を選んでくれた。
「この曲が、どんなふうに仕上がるか。それは裕美ちゃんの頑張り次第よ。一週間後に聴かせてもらうから、ね♪」
「そんな〜〜〜」
「あのね。裕美ちゃんは、よく指が動いているの。これって、ピアノを習っていたからなのよ。譜面だって読めるしね。ホントの初心者だったら、こうはいかないわ」
「……そうなんですか?」
「そうよ。裕美ちゃんが言ってた右手の親指のことだって、クラリネットの演奏には何の支障も無いでしょ? 気にすることなんて、なかったでしょ?」
「はい」
「それに、コーラスをしていたから腹式呼吸もバッチリだし。あとは裕美ちゃんの練習次第で、いろんな曲が演奏できるようになるのよ?」
それから私は猛練習を始めた。
朝7時半から音楽室で自主練習をしている人がいる、と聞けば参加した。放課後も、誰よりも早く音楽室に行って練習した。
「同じ場所に行くのに〜〜私を置いて、先に行くことないじゃん〜」
呆れたように真紀が言う。
「だって……ちょっとでも早く上手くなって、みんなと一緒に合奏したいんだもん」
「それじゃあ先に行かれても、仕方ないか……」
「ごめんね真紀」
「いいわよ。その代わり……」
「その代わり?」
「1年生の中で、いちばん上手くなること!」
「冗談でしょ!?」
「もちろん本気♪」
真紀が笑いながら言ってたけど……
やっぱ、それって冗談だよね?
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
「僕も『裕美ちゃん』て呼んでいい?僕のことは『雄大』でいいからさ。よろしく!」
「うん。でも私は『雄大くん』て呼ぶね。こちらこそよろしく♪」
私は早朝の自主練習に参加しているメンバーで、同じ1年生の北野雄大(きたの ゆうだい)くんと、よく話すようになった。
「裕美ちゃんて、練習熱心なんだね。稔先輩に見惚れて入部した、って聞いたんだけど?」
「え!? ……そんな話が出てるの?」
―― ヤだなぁ……
「ちょっと聞いたんだ。……で、それってホント?」
「先輩を見て、ぼ〜っとして何も考えられなくなって……『入部します』って言っちゃったから、そう言われても仕方ないトコもあるんだけど……」
「それって動機が不純だとは思わない?」
―― え……なに?
「真面目に部活してる人たちに、悪いって思わない?」
―― どうしてそんなこと言うの?
「私は音楽が大好きで、それに……入部するって決めたからには上手くなりたいし……真面目に練習してるつもりだよ?それでもダメなの?」
―― 私は悪いことしてるの? 私の努力は認めてもらえない……の?
目に涙が滲んできて、雄大くんの顔がぼやけてきた。
「ごめん!」
いきなり雄大くんが頭を下げた。
「裕美ちゃんが浮ついた気持ちでいるのか、それとも本当に真面目に部活のことを考えているのか、試したんだ。ホントごめん」
「……え?」
「今までも稔先輩に見惚れて入部した子は、いた。そういう子って、真面目に練習しないし……長続きしない。それどころか揉め事を起こす子まで、いたんだ」
「そう……なの?」
「うん。だから『裕美ちゃんは、どうなんだろ?』って危惧している先輩たちが居て……それで同じ1年生の僕が確認してこい、って言われて……」
「……私は……」
「裕美ちゃんは、そんなことない!って断言できるよ。とっても正直で、練習態度も真面目だし……本当に音楽が好きなんだね。意地悪な質問して、ごめん。先輩たちには、僕の方から『こんなイイ子を疑わないで』って、ちゃんと言うよ」
「……よかった……」
ほっとしたと同時に、目に溜まってた涙が零れた。
「えッ!? ちょっと待って……ごめん! って…」
雄大くんが慌てて言う。
「ちがうの。雄大くんのせいじゃないの。……私の努力が認められたんだ、って思ったら……ほっとして……」
正直、雄大くんから聞いた話は少しショックだったけど、それよりも『認めてもらえた』嬉しさの方が大きかった。
有田先輩のテスト?
もちろん、合格したよ♪
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
その後、私はみんなが練習している曲―― コンクールの自由曲(2曲)―― の楽譜を、有田先輩から渡された。
「裕美ちゃんは、どちらも3rdクラリネットよ。6月に入ったら、合奏に参加してもらうわ。そのつもりで練習しておいてね」
「はい……」
やっとこの日が来た!
とっても嬉しいんだけど、でも……それと同じくらい、不安な気持ちもある。
みんなの足を引っ張ってしまったら!? って考えてしまうと、軽いはずの楽譜が何故か重く感じた。