(3)

 高等部になってから吹奏楽を始めたのは、私ひとりだけだった。

 

「クラリネットとサックスは、リード楽器って言ってね……」

 楽器を選んでくれた有田先輩は、リードの付け方・マウスピースの咥え方など……教則本を手に、初心者の私にもよく分かるように説明してくれた。

 その他にも………

 視聴覚室は金管楽器(トランペット・トロンボーン・ホルン)と打楽器が、音楽室は木管楽器(サックス・クラリネット・フルート・ピッコロ)が、主に使用していること。

 また、それぞれのパートで練習するときの『場所』も決まっていること。

 そして全員が視聴覚室に集まるのは、始めの会・終わりの会、ミーティング、合奏のときだということ。

 ………を教えてくれた。

 

 

 ある程度の音が出せるようになり、指も動くようになってくると……有田先輩は「もうそろそろ簡単な曲を演奏できるわね。コレなんてどうかしら?」と言いながら、教則本の中から1曲を選んでくれた。

「この曲が、どんなふうに仕上がるか。それは裕美ちゃんの頑張り次第よ。一週間後に聴かせてもらうから、ね♪」

「そんな〜〜〜」

「あのね。裕美ちゃんは、よく指が動いているの。これって、ピアノを習っていたからなのよ。譜面だって読めるしね。ホントの初心者だったら、こうはいかないわ」

「……そうなんですか?」

「そうよ。裕美ちゃんが言ってた右手の親指のことだって、クラリネットの演奏には何の支障も無いでしょ? 気にすることなんて、なかったでしょ?」

「はい」

「それに、コーラスをしていたから腹式呼吸もバッチリだし。あとは裕美ちゃんの練習次第で、いろんな曲が演奏できるようになるのよ?」

 

 それから私は猛練習を始めた。

 朝7時半から音楽室で自主練習をしている人がいる、と聞けば参加した。放課後も、誰よりも早く音楽室に行って練習した。

 

「同じ場所に行くのに〜〜私を置いて、先に行くことないじゃん〜」

 呆れたように真紀が言う。

「だって……ちょっとでも早く上手くなって、みんなと一緒に合奏したいんだもん」

「それじゃあ先に行かれても、仕方ないか……」

「ごめんね真紀」

「いいわよ。その代わり……」

「その代わり?」

「1年生の中で、いちばん上手くなること!」

「冗談でしょ!?」

「もちろん本気♪」

 真紀が笑いながら言ってたけど……

 

 やっぱ、それって冗談だよね? 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

「僕も『裕美ちゃん』て呼んでいい?僕のことは『雄大』でいいからさ。よろしく!」

「うん。でも私は『雄大くん』て呼ぶね。こちらこそよろしく♪」

 私は早朝の自主練習に参加しているメンバーで、同じ1年生の北野雄大(きたの ゆうだい)くんと、よく話すようになった。

 

「裕美ちゃんて、練習熱心なんだね。稔先輩に見惚れて入部した、って聞いたんだけど?」

「え!? ……そんな話が出てるの?」

―― ヤだなぁ……

「ちょっと聞いたんだ。……で、それってホント?」

「先輩を見て、ぼ〜っとして何も考えられなくなって……『入部します』って言っちゃったから、そう言われても仕方ないトコもあるんだけど……」

「それって動機が不純だとは思わない?」

―― え……なに?

「真面目に部活してる人たちに、悪いって思わない?」

―― どうしてそんなこと言うの? 

「私は音楽が大好きで、それに……入部するって決めたからには上手くなりたいし……真面目に練習してるつもりだよ?それでもダメなの?」

―― 私は悪いことしてるの? 私の努力は認めてもらえない……の?

 

 目に涙が滲んできて、雄大くんの顔がぼやけてきた。

 

「ごめん!」

 いきなり雄大くんが頭を下げた。

「裕美ちゃんが浮ついた気持ちでいるのか、それとも本当に真面目に部活のことを考えているのか、試したんだ。ホントごめん」

「……え?」

「今までも稔先輩に見惚れて入部した子は、いた。そういう子って、真面目に練習しないし……長続きしない。それどころか揉め事を起こす子まで、いたんだ」

「そう……なの?」

「うん。だから『裕美ちゃんは、どうなんだろ?』って危惧している先輩たちが居て……それで同じ1年生の僕が確認してこい、って言われて……」

「……私は……」

「裕美ちゃんは、そんなことない!って断言できるよ。とっても正直で、練習態度も真面目だし……本当に音楽が好きなんだね。意地悪な質問して、ごめん。先輩たちには、僕の方から『こんなイイ子を疑わないで』って、ちゃんと言うよ」

「……よかった……」

 ほっとしたと同時に、目に溜まってた涙が零れた。

「えッ!? ちょっと待って……ごめん! って…」

 雄大くんが慌てて言う。

「ちがうの。雄大くんのせいじゃないの。……私の努力が認められたんだ、って思ったら……ほっとして……」

 

 正直、雄大くんから聞いた話は少しショックだったけど、それよりも『認めてもらえた』嬉しさの方が大きかった。

 有田先輩のテスト?

 もちろん、合格したよ♪ 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 その後、私はみんなが練習している曲―― コンクールの自由曲(2曲)―― の楽譜を、有田先輩から渡された。

「裕美ちゃんは、どちらも3rdクラリネットよ。6月に入ったら、合奏に参加してもらうわ。そのつもりで練習しておいてね」

「はい……」

 

 やっとこの日が来た!

 

 とっても嬉しいんだけど、でも……それと同じくらい、不安な気持ちもある。

 みんなの足を引っ張ってしまったら!? って考えてしまうと、軽いはずの楽譜が何故か重く感じた。

2008.00.00. up.

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