楽譜を受け取ってからは、クラリネットのパート練習に参加できるようになった。……とはいっても、有田先輩と2人だけなんだけどね。
それから2日後。
「裕美ちゃん、初めまして! 私は3年生の羽山千尋(はやま ちひろ)、1stクラよ。よろしくね♪」
有田先輩と一緒にパート練習をしていたら、イキナリひとりの美人がクラリネットを持って現れた。
―― 3年生の……クラリネットの先輩…!?
頭の中がパニック状態になっている私。
「ヤダ、何!? 私のこと、誰からも聞いてないの??」
「はい……すみません…」
「いや……裕美ちゃんは何も悪くないから。……美香子?」
羽山先輩が、有田先輩の方をチラッと見る。
「すみませんー!」
「いくら休部してたからってさ〜 ……居ることくらい、ちゃんと言っといてよね〜!」
「学先輩が『木村さんに紹介するのは、羽山さんが部活に来てからでいいよ』って。
それで……」
―― そういえば出席をとってるとき、返事してない人がいたっけ……
「仕方ないわねぇ……。学には文句を言っておかないとダメね。美香ちゃんには2ndクラを頑張ってもらうことで、チャラにしてあげるから。ヨ・ロ・シ・ク〜」
「ゲッ」
「何言ってんの。ゲじゃないでしょ? ホントに頼りにしてるんだからね!」
「は〜い」
最初はどうなることかと思って心配していたけど、2人の目が笑っているのを見て安心した。
羽山先輩は、私が見学に来た日の3日前に左手首を捻挫して。それで休部してたんだって。
元気で明るくて、言いたいことはキッチリ言う人みたい。
「ようやく完治したから、やっと今日、部活に復活したのよ。そういうことで、今日からヨロシクね♪」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
3人でパート練習を始めたけど……羽山先輩は、さすがに上手い。
ブランクがあったとは思えないほどの音を出して、ソロの部分も存在感があって……こんなすごい先輩が居るなんて、知らなかった。
また1人、尊敬する先輩が増えて、私はとても嬉しかった。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
5月の最終週に、木管セッションが始まった。
「合奏する前に、木管楽器だけで合わせるの」
―― 木管楽器って…?
「ピッコロ・フルート・クラリネット・サックスのことなのよ」
思っていたことが顔に出ていたのか、羽山先輩が笑いながら教えてくれた。
木管楽器は他にもたくさんの種類があるけど、この学校に現存する楽器はこれだけなんだって。
「もっと人数が増えてくれたらいいんだけどね……」
「そうそう。オーボエなんかも欲しいわ〜」
「クラリネットもB♭だけじゃなくて、E♭もあったらいいのになぁ…」
羽山先輩、ピッコロの中山純(なかやま じゅん)先輩、有田先輩が口々に言う。
「はいはい、もうその辺で止めましょ。さ、合わせるわよ!」
それをあっさりとフルートの小林先輩(前副部長)が、まとめちゃってる。
―― さすが……
ピッコロ・フルート・クラリネット・サックスの順に座って、セッションが開始される。途端に、隣に座っている真紀のサックスの音色がよく聞こえてくる。
ついそっちの方を聞いてしまって、自分の音がだんだん分からなくなってくる。
―― ダメ!集中しなきゃ…
クラリネットのパート練習のときは、こんなこと無かった。
自分の演奏をしながらも、先輩たちとのハーモニーを楽しむことができるようになっていたのに……。他の楽器の音が入ってくると、自分の演奏をすることだけに必死になってしまう。
1時間後にセッションが終了したときには、私はもう疲れ果てていた。
「ねぇ、ちょっと聞いてくれる?」
机に突っ伏している私に、小林先輩が話しかけてきた。
頭を上げて、先輩の話を聞く体勢になる。
「昔ね、部員が40人いた頃もあったそうよ。でも高等部の3年生が引退したあとに内部で揉めて、ほとんどが辞めちゃって……中等部にいた2人だけが残ったんだって」
「2人、だけ……ですか!?」
―― じゃあ活動できなかったんじゃ……
「でもその2人は、凄かったのよ? テナーサックスとドラムだけで、部活動紹介の舞台で演奏したの! 『ピンクパンサー』と『ルパン三世』を、ね♪」
「!! すごい……」
「とっても素敵でカッコ良かったわよ! そのとき先輩たちは高等部2年生で、私たちは中等部に入ったばかりでね。私たちは先輩たちに憧れて入部した、って感じなの」
「そうなんですか……」
「今はコンクールを目指して練習してるんだけど、人数が少ないから20名以下の部にしか出れないのが現状なの。でも何年かかるか判らないけど、昔みたいに増えたらな〜って思ってるわ。だから頑張ってコンクールにも出て、体育祭や文化祭で演奏して、アピールしているのよ? 曲数が多くて大変だけど、一緒にやっていこうね」
そう言って笑う小林先輩は、とっても綺麗だった。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
木管のセッションにも、やっと慣れたかな? という間もなく、もう6月。
とうとう全員で合わせる日が来た。
私は木管の皆と一緒に―― クラリネットと楽譜を持って―― 視聴覚室へ。
そこではもう金管楽器(トランペット・トロンボーン・ホルン・チューバ)とパーカッションのみなさんが、スタンバイしていた。
木管楽器は前列だから、いつものように有田先輩の隣に座ったんだけど……
―― 稔先輩が後ろなの!?
ちょうど私の真後ろがトロンボーンの席で、稔先輩と雄大くんが並んで座っている。
始めの会も、終わりの会も、なるべく稔先輩から離れた場所に座っていたのに……合奏のときは、こんなに近い席だなんて……
意識しすぎて緊張しちゃって、後ろを見ることなんて、できない!
羽山先輩がAの音を出し……みんながチューニングしている間も、ドキドキは止まってくれなくて……
「裕美ちゃん、よろしくね」
雄大くんに声をかけられても、後ろを向くことができないまま。首を縦に振って返事をするのが、やっとだった。
顧問の楢崎(ならさき)先生の指揮で、合奏が始まる。
体に響いてくる、金管楽器の力強い音!
音楽室にいるときでも、風に乗って聴こえていたけど…迫力が全然違う!
木管のセッションとは比べようもないほど、音に引き込まれてしまう!
圧倒される!
私は自分の役割をこなすのに必死で、他のことは何も考えられなかった。