(4)

 楽譜を受け取ってからは、クラリネットのパート練習に参加できるようになった。……とはいっても、有田先輩と2人だけなんだけどね。 

 それから2日後。

「裕美ちゃん、初めまして! 私は3年生の羽山千尋(はやま ちひろ)、1stクラよ。よろしくね♪」

 有田先輩と一緒にパート練習をしていたら、イキナリひとりの美人がクラリネットを持って現れた。

―― 3年生の……クラリネットの先輩…!?

 

 頭の中がパニック状態になっている私。

 

「ヤダ、何!? 私のこと、誰からも聞いてないの??」

「はい……すみません…」

「いや……裕美ちゃんは何も悪くないから。……美香子?」

 羽山先輩が、有田先輩の方をチラッと見る。

「すみませんー!」

「いくら休部してたからってさ〜 ……居ることくらい、ちゃんと言っといてよね〜!」

「学先輩が『木村さんに紹介するのは、羽山さんが部活に来てからでいいよ』って。
それで……」

―― そういえば出席をとってるとき、返事してない人がいたっけ……

 

「仕方ないわねぇ……。学には文句を言っておかないとダメね。美香ちゃんには2ndクラを頑張ってもらうことで、チャラにしてあげるから。ヨ・ロ・シ・ク〜」

「ゲッ」

「何言ってんの。ゲじゃないでしょ? ホントに頼りにしてるんだからね!」

「は〜い」

 

 最初はどうなることかと思って心配していたけど、2人の目が笑っているのを見て安心した。

 羽山先輩は、私が見学に来た日の3日前に左手首を捻挫して。それで休部してたんだって。

 元気で明るくて、言いたいことはキッチリ言う人みたい。

 

「ようやく完治したから、やっと今日、部活に復活したのよ。そういうことで、今日からヨロシクね♪」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 3人でパート練習を始めたけど……羽山先輩は、さすがに上手い。

 ブランクがあったとは思えないほどの音を出して、ソロの部分も存在感があって……こんなすごい先輩が居るなんて、知らなかった。

 

 また1人、尊敬する先輩が増えて、私はとても嬉しかった。 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 5月の最終週に、木管セッションが始まった。 

「合奏する前に、木管楽器だけで合わせるの」

―― 木管楽器って…?

「ピッコロ・フルート・クラリネット・サックスのことなのよ」

 思っていたことが顔に出ていたのか、羽山先輩が笑いながら教えてくれた。

 木管楽器は他にもたくさんの種類があるけど、この学校に現存する楽器はこれだけなんだって。

 

「もっと人数が増えてくれたらいいんだけどね……」

「そうそう。オーボエなんかも欲しいわ〜」

「クラリネットもB♭だけじゃなくて、E♭もあったらいいのになぁ…」

 羽山先輩、ピッコロの中山純(なかやま じゅん)先輩、有田先輩が口々に言う。

「はいはい、もうその辺で止めましょ。さ、合わせるわよ!」

 それをあっさりとフルートの小林先輩(前副部長)が、まとめちゃってる。

―― さすが……

 

 ピッコロ・フルート・クラリネット・サックスの順に座って、セッションが開始される。途端に、隣に座っている真紀のサックスの音色がよく聞こえてくる。

 ついそっちの方を聞いてしまって、自分の音がだんだん分からなくなってくる。

―― ダメ!集中しなきゃ…

 

 クラリネットのパート練習のときは、こんなこと無かった。

 自分の演奏をしながらも、先輩たちとのハーモニーを楽しむことができるようになっていたのに……。他の楽器の音が入ってくると、自分の演奏をすることだけに必死になってしまう。

 1時間後にセッションが終了したときには、私はもう疲れ果てていた。

 

「ねぇ、ちょっと聞いてくれる?」

 机に突っ伏している私に、小林先輩が話しかけてきた。

 頭を上げて、先輩の話を聞く体勢になる。

「昔ね、部員が40人いた頃もあったそうよ。でも高等部の3年生が引退したあとに内部で揉めて、ほとんどが辞めちゃって……中等部にいた2人だけが残ったんだって」

「2人、だけ……ですか!?」

―― じゃあ活動できなかったんじゃ……

「でもその2人は、凄かったのよ? テナーサックスとドラムだけで、部活動紹介の舞台で演奏したの! 『ピンクパンサー』と『ルパン三世』を、ね♪」

「!! すごい……」

「とっても素敵でカッコ良かったわよ! そのとき先輩たちは高等部2年生で、私たちは中等部に入ったばかりでね。私たちは先輩たちに憧れて入部した、って感じなの」

「そうなんですか……」

「今はコンクールを目指して練習してるんだけど、人数が少ないから20名以下の部にしか出れないのが現状なの。でも何年かかるか判らないけど、昔みたいに増えたらな〜って思ってるわ。だから頑張ってコンクールにも出て、体育祭や文化祭で演奏して、アピールしているのよ? 曲数が多くて大変だけど、一緒にやっていこうね」

 

 そう言って笑う小林先輩は、とっても綺麗だった。 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 木管のセッションにも、やっと慣れたかな? という間もなく、もう6月。

 とうとう全員で合わせる日が来た。

 私は木管の皆と一緒に―― クラリネットと楽譜を持って―― 視聴覚室へ。

 そこではもう金管楽器(トランペット・トロンボーン・ホルン・チューバ)とパーカッションのみなさんが、スタンバイしていた。

 木管楽器は前列だから、いつものように有田先輩の隣に座ったんだけど……

―― 稔先輩が後ろなの!?

 

 ちょうど私の真後ろがトロンボーンの席で、稔先輩と雄大くんが並んで座っている。

 始めの会も、終わりの会も、なるべく稔先輩から離れた場所に座っていたのに……合奏のときは、こんなに近い席だなんて……

 意識しすぎて緊張しちゃって、後ろを見ることなんて、できない!

 羽山先輩がAの音を出し……みんながチューニングしている間も、ドキドキは止まってくれなくて……

「裕美ちゃん、よろしくね」

 雄大くんに声をかけられても、後ろを向くことができないまま。首を縦に振って返事をするのが、やっとだった。

 

 

 顧問の楢崎(ならさき)先生の指揮で、合奏が始まる。

 体に響いてくる、金管楽器の力強い音!

 音楽室にいるときでも、風に乗って聴こえていたけど…迫力が全然違う!

 木管のセッションとは比べようもないほど、音に引き込まれてしまう!

 圧倒される!

 

 私は自分の役割をこなすのに必死で、他のことは何も考えられなかった。

2008.00.00. up.

BACK / TOP / NEXT

Material by Web用壁紙素材  Designed by TENKIYA

-An original love story- The next to me    Copyright © Jun Mamiya. All Rights Reserved.
inserted by FC2 system