番外編2
映画が終わり、観客も次々と席を離れていくのに……裕美は真っ赤な顔で、席に座ったまま。動こうとする気配も無い。
「お腹が空いたな。……食べに行く?」
「ぁ……はい…」
僕の方から声をかけると思考の切り替えができたのか、漸く動ける状態になった。
僕が差し出した手を見つめて嬉しそうに微笑んでから、手を伸ばしてくる裕美。
―― さっきも手を繋いだのに、キミは本当に……
裕美の初心(うぶ)な言動の一つ一つが僕のツボに嵌(はま)ってしまって、どうしようもない気持ちにさせる。
どうしてキミは、こんなに可愛いんだろうね。
もっと早く、キミと付き合えば良かったよ。
もう僕は卒業したから叶わないけれど―― キミのクラスに迎えにいったり、昇降口で待ち合わせしたり―― 制服姿でデートしたかったな……。
そんなことを思いながら、僕たちは近くのハンバーガーショップに入った。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
2人分のセットを頼んだとしても、1人分の映画料金くらいで済んでしまう。
稔先輩は「久しぶりにハンバーガーを食べたいんだ」って言うけれど、私の『お財布』を気遣って言ってくれたとかじゃないですよね?
本当に「食べたい」と思ってるから、言ったんですよね?
そりゃあ「豪華にランチでも」なんてことを言われると困っちゃうけど、でも……なんか気になるの。
―― 「じゃあ、お昼は私が――」なんて、言わなきゃよかったのかなぁ…
頭の中で、いろんな考えがグルグル回っている私。その横で稔先輩は、店員さんに1つ1つ注文していく。
「裕美は、どれにする?」って、優しい目をして聞いてくれる。
「ご馳走になるね、ありがとう」って微笑んで言ってくれる。
そんな先輩の様子を見て、やっと安心できた。
―― うん、大丈夫。先輩は無理なんてしてない!
そう思ったら、自然と笑みが浮かんだ。
「裕美? どうかした?」
「あ、……嬉しくって…」
トレイを持った先輩にイキナリ聞かれて焦って、つい本音がポロリと出る。
「本当にキミは……」
「え?」
「………なんでもないよ。さてと、どこが空いてるかな…」
言いかけた言葉がちょっと気になったけど、空席を目指して歩く先輩の後に黙って付いて行った。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
さっきの裕美の言葉に、「本当にキミは可愛いね」と言いたかった。
でも『可愛いね』を言えば、裕美が真っ赤になって食事も喉を通らないかもしれない! そう思って、止めておいたんだよ?
小さな口を大きく開けて、ハンバーガーをほおばるキミ。頬を膨らませてモグモグと食べる姿は、まるで……リス!?(笑)
ニコニコと、とっても美味しそうに食べるんだね。
キミに食べられる料理は幸せかもしれない…なんてことを思いながら、僕もハンバーガーに齧(かぶ)り付いていた。
「稔くんじゃない!?」
「きゃー 久しぶり!」
「元気してた?」
店内に響く騒音に、眉を寄せる僕。
声の主たちの方を見て、目を丸くして驚いている裕美。
こちらへ向かって歩いてくる、元クラスメイトの女子3人。
「あら、カワイイ子と一緒なのね」
「妹さん?」
僕には双子の兄しか居ない、と知っているはずなのに……態(わざ)と聞いてくる。
―― 君たちは一体、どんな神経をしているんだ!?
「まさか『彼女』ってことは無いでしょ? こんなに小さい子なんだもの。ねぇ」
その途端に、裕美の顔が引きつった。俯いてしまって顔を上げようともしない。
侮辱するような発言をした女子に、僕は怒りを覚えた。
「僕の彼女を紹介するよ。小さくて、とても可愛いんだ♪ ……裕美、顔を上げて?」
裕美の身体がピクッと揺れた。
「ほら、僕に顔を見せて……こっちへおいで♪」
「……はい…」
おずおずと顔を上げて僕を見る裕美の目には、やはり涙が光っていた。
―― 僕の裕美に、なんてことをしてくれるんだ! まったく……
席を立ち、顔を俯き加減にしながら僕の方へと近づいてくる裕美。
その両脇に手を差し入れ、軽々と持ち上げて僕の膝の上に座らせ……驚いて声も出せない裕美の身体を横向きにする。そう、『お姫様抱っこ』のように。
「名前は木村裕美。僕の2歳下で、吹奏楽部の後輩。可愛いだろ?」
言いながら、真っ赤になって動けない裕美の涙を、僕のハンカチに吸わせる。
僕の彼女を紹介している口調なんだけれども……目線は裕美に向けたまま。
元クラスメイトたちにとっては、自分たちの存在を無視されている状態。
「あれ、こんなところにソースが付いてる」と言って、裕美の頬を舐める僕。
途端に、店内のあちこちから悲鳴が!
―― ちょっとやり過ぎたかな?(苦笑)
「本当に可愛い子だろ? 僕の腕の中に、すっぽりと入るんだ♪」
裕美を抱きしめながら『君達では到底無理だろうね』という目で、元クラスメイトたちを見やると……勘のいい彼女達は、憮然(ぶぜん)とした表情をした。
「確か君達も、『僕の彼女を虐める奴は容赦しない』発言を聞いていたよね?」
僕の台詞に、あの『卒業式』を思い出した彼女達の顔色がサッと青くなる。
―― 裕美を泣かせたんだから、この程度の仕返しは当然だろ?
「僕の彼女を覚えていてくれると嬉しいよ。……じゃあ裕美、行こうか?」
そんな彼女達を尻目に、裕美に優しく話しかける。
テーブルの上を片付けてトレイを持ち、未だに思考が戻ってきていない裕美を片手に抱きながら僕は店を出た。
裕美は『小さい、低い』というのを気にしているけれど、僕には丁度良い。
それにさっき僕の膝の上に座らせたときの、あの位置が……僕たちがキスをするのに絶妙な高さだ、ということに気が付いた。
些細なことかもしれないけれど、僕にとっては嬉しい発見だ。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
「うそ、何!? これ……」
なんで身体が揺れているのかなぁと思って、ハッと我に返る。
「おかえり裕美、気がついた?」
モゾモゾと動き始めた私に気付いた先輩に声をかけられた。
「えっと、私……なんで抱っこされてるんですか? ……気を失ってた、とか…?」
「気を失ってたんじゃないよ。思考は、遠くの方へ行ってたみたいだけどね」
「遠く…? あ! ……とにかく下ろしてください。私……重いですから…」
「軽いけど?」
「……じゃなくて、あの……恥ずかしいから下ろしてください…」
「そう? 僕は、このままがいいんだけどな〜」
なんて言いながらも、稔先輩は下ろしてくれた。
さっきから周りの視線を感じる。
この人たちは、私たちをどんなカップルだと思って見ているのかなぁ。
これが『彼氏と彼女』と認識しているのなら、それでいい。(恥ずかしいけど)
でも『兄と年の離れた妹』と認識されてたら、私……立ち直れないかも!
―― かといって「彼女なんですよ」なんて言って歩くのも変だよね…
私は背が低い。
あまり気にしないようにしようとは思っているんだけど、でも……やっぱり他人から言葉にして言われると、傷ついてしまう。
さっきも、そう。
先輩に頬を舐められて、ビックリしすぎて思考が飛んじゃってたけど……「まさか彼女ってことはないでしょ」って言われたのは、とてもショックだった。
だけど……稔先輩が言ってくれる『可愛いね』って言葉は、凄い威力を持っている。
言われると、嬉しくて恥ずかしいんだけど…気持ちが浮上してくるの。
言われると、「私は先輩の隣に居ていいんだ」って思えてくるの。
なんか……魔法の言葉みたい♪
―― 先輩を好きになって良かった…
私たちは駅前の商店街を歩きながら、色んな話をした。
カワイイ小物の店を見つけて、中をのぞいたり…(何も買わなかったけど)
喫茶店で、ちょっと休憩してみたり…(支払いは、稔先輩がしてくれた)
そして楽しい時は早く過ぎていって……気が付けば、もう6時。
「門限は8時だったよね。でも、これからのこともあるから……今日は早めに帰ることにしよう。まずは僕を信頼してもらわなきゃ。……ご挨拶も、あることだし?」
「……そうですね」
「家まで送るよ」
「はい…」
稔先輩は私が話していたことを、ちゃんと守ってくれようとする。
私の正直な気持ちは、「まだ一緒に居たいのに〜」なんだよ? でも、 また次があるから……頑張って我慢する!
―― 先輩は? 先輩も、同じ事を思ってくれてたらいいな……
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
「家まで送るよ」と僕が言ったとき、一瞬、寂しそうな顔をしたように見えたけど……彼女は「はい」と返事をした。
手を繋いだまま裕美の家へと向かう。
「今日は楽しかった?」
「はい、とっても♪」
「それは良かった」
「えっとね、ホントは……」
「何?」
「……正直に言うと、私……まだ稔先輩と離れたくないです。でもまた会えるから……
今日は我慢するの。……偉い?」
そう言って、ニッコリ笑って僕を見上げてくる姿が可愛くて可愛くて……僕はもう気持ちを抑えることができなくなって、裕美を力一杯抱きしめた。
― End.―
追加:裕美の母親との挨拶は、僕も驚くほどスムーズに進んだ