番外編2
稔先輩が、私に向かって走ってくる!
慌てて腕時計を確認したら、15分前!?
「え、なんで…」
―― 早く来て、待っててくれてたの?
「おはようございます! お待たせしてすみませんでした」
嬉しくて、申し訳なくて、何とも表現できない複雑な気持ちを胸に抱えたまま先輩に挨拶した。
「おはよう。…気にしなくていいよ、裕美に早く会いたかっただけなんだから」
稔先輩は爽やかな笑顔で、そんな台詞を恥ずかしげもなくサラッと言うけれど……
私は、どう返事をしたらいのか分からなくって真っ赤になってしまう。
―― そんなストレートに言わないでください……
「本当に……なんて可愛いんだろうね、裕美は。さ、行くよ?」
「あ、……はい」
稔先輩の『可愛い』という言葉に敏感に反応しちゃって、差し出してくれた手を繋ぐのがワンテンポ遅れた。
親に言われてるのとは別モノで、先輩から言われると、もの凄い威力がある。
顔が赤くなって、心臓だって煩いくらいにドキドキしてくる。
でも…とっても嬉しい♪
手袋をしていても、私の手は冷たい。けど先輩の手は大きくて、とっても暖かい。
ただ手を繋いでいるだけなのに、なんだか先輩に包み込まれているみたいな幸せな気持ちになってきて……自然と笑顔が出てきた。
まずは映画館へ♪
私が観たかった映画だから「自分で払います!」って言ったんだけど……結局、先輩が2人分を支払ってくれた。
「ありがとうございます」
ちゃんと御礼を言ったけど、やっぱり先輩に悪くって。「じゃあお昼は私が――」と言って、了承してもらった。
座席に着いてから、隣の先輩を窺(うかが)い見る。
本当に先輩とデートしているんだ♪ という実感がじわじわと湧いてきて、幸せな気持ちで胸が一杯になる。
そして……
寝不足だった私は、心地よい音色に誘われて……うつらうつらと夢の中へ……
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
今まで、女の子と手を繋いで歩くことなんてしなかった。
僕の何気ない言葉に反応して、真っ赤になる裕美が可愛くて可愛くて……はぐれてしまわないように、と手を差し伸べた。
予(かね)てから裕美が観たいと言っていた映画。
恋愛モノは、テレビで放映されていたら観る程度。映画館に足を運んでまで観るのは……デートくらい、かな…?
今まで付き合ってきた女の子は皆(誰でも、と言っていいくらい)、自分の要望を主張し、男性が支払って当然! という態度をとっていた。
でも裕美は、今までの女の子たちとは違っていた。
律儀にも「自分で払います!」と言うし、僕が押し切って2人分を支払うと「じゃあ、お昼は私が――」と言う。
「男性が支払って当然よ!」なんて態度を取られると、多少なりとも腹が立つ。けれども『ワリカン』を主張されると、「もっと頼ってほしいのに…」と思ってしまう。
すまなさそうに「ありがとうございます」と言って、従ってくれたらいいのに……なんて思うのは、僕の我が儘なのか?
座席に着いて、あれこれ考えていると映画が始まった。
暫く経ってから「どんな表情をして観てるのかな」と気になって隣を見てみると、裕美は……うつらうつらとしていて、ものの数分もしないうちに眠ってしまった。
安心したような顔で、僕の腕に寄りかかって眠る裕美。そのあどけない寝顔に、つい微笑んでしまう。
風邪をひかないように、とコートを掛けてあげる僕。
―― もしかして寝不足だったの? 原因は、何?
僕を想って、だったりしたら嬉しいな♪ なんてことを考えている僕は、不謹慎なんだろうか……。
それから僕は、コートを掛け直すフリをしながら……少し開いている裕美の唇に、そっと重ねるだけのキスをした。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
ヤダどうしよう!!
稔先輩との、初めてのデートなのに!
あんなに『観たい』と思っていた映画なのに!
なんで私、寝ちゃったの!?
いくら寝不足だったから……っていっても、自分で情けなくなってくる。
―― こんな私でも、いいんですか? 稔先輩に呆れられちゃったら、私……
ふと目が覚めたときには、もうエンドロールが流れていた。
あ! と思ったときには既に遅くて……先輩に「おはよ♪」なんて言われちゃって。
焦りながら、言うべき言葉を探していると……
「良かったよ」
なんて言葉を稔先輩の方から言われて、余計に焦った。
「すみません!! 私が『観たい』って言ったのに、ほとんど観てないです!」
「映画のことじゃなくて、『裕美の寝顔が見れて良かった』ってことだよ」
「え…?」
「可愛かったよ。初めてのデートで寝顔が見れるとは、思わなかったな♪」
「!!!」
ボン! と音が出そうなくらい、瞬時に真っ赤になった私。
それをニコニコしながら見ている先輩。
―― 私の反応を見て楽しんでるんですか?
自分が思ったことをストレートに表現しているだけ、なのかもしれない。けど……なんか稔先輩が、ちょっと意地悪に思えてきた。
だからといって、先輩のことが嫌いになるワケでもなくて。
―― なんでこんなに好きなんだろ
『好き』っていう気持ちが、私の胸の中で、どんどん膨らんでいく……