番外編2
学年末考査が始まった。私たち1年生は、これによって2年のクラスが決定される。
2年から3年に進級するときにはクラス分けは無くて、なのに3年の1学期に予定されてる修学旅行ではクラス単位で行動しなきゃいけなくて……。
要するに、何が言いたいかとゆうと……とっても大事な試験、ってことなの。
最終日には、私の苦手な数学が……(泣)
どうか欠点だけは取りませんように!!(祈)
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「なぁ木村。……頼むから、数学の試験で一桁(ひとけた)だけは取るなよ? それ以外の点数なら、きっと合格できると思うから。な?」
この桜花爛漫学園を受験するとき、中学の担任に耳タコできるくらい言われた。
私、他の教科は平均点以上だけど……数学だけは、壊滅的に、全くダメ! なの。
「覚えたモノは、頭の中の引き出しに仕舞っておけよ?」
中1のとき、先生に言われてその気になって覚えてた。
他の教科は、覚えるほどに引き出しの数がどんどん増えていく感じがする。
それなのに!
『数学』だけは……新しい公式を覚えたぶん、古い公式から順番に忘れていく……
―― まるで引き出しの数が、最初から決められてしまっているみたいに!
それからは、「お買い物のときに計算できたら、いいんじゃないの?」と考えるようになった。「2割引や3割引が分かれば、いいもん!」と思うようになった。
でも最近になってテレビの番組で、某大学の数学教授が『数学について』を面白く紹介しているのを見て「へぇ〜〜」と思って興味を持ったんだ♪
相変わらず、公式は覚えられないけど……でも少しだけ『数学』が好きになった。
『出来る』『出来ない』は別として……ね。(苦笑)
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
学年末考査、最終日。その最終科目が数学。
「最後の最後に『数学』だなんて……」
「まるでRPGゲームのラスボス、って?」
「ホント、そんな感じ……」
「力尽きてゲームオーバーになっちゃダメよ♪ あとで稔先輩と会うんでしょ?」
「うん♪」
真紀に耳元で囁かれた途端に、気分が浮上した。
自分でも「単純だなぁ〜」って思うけど、やっぱり嬉しい。
あのデートした日から、電話とメールだけ。もう3週間も会ってないんだもん……。
稔先輩は大学が合格して即、自動車の教習所に通ってる。
先輩だって忙しい、って分かってるから…「次は、学年末考査が終わってから会おうね」って言われたとき、我が儘な子だなんて思われたくなかったから「はい」って返事したんだけど……
試験勉強してるときでも稔先輩の顔がチラついて、溜息ばっかり出てた。
落ち込んだときは「試験が終わったら会えるんだから!」と、自分を励ましてた。
でも今日、やっと会える。早く先輩に会いたい!
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「うそ……何、これ……」
数学の問題用紙を見て、頭の中が真っ白になった。
全く、全然、分かんない。
私の独り言が聞こえたのか、すぐ傍で試験官の中谷(なかたに)先生が口元を押さえて笑いを堪えてた。
「センセ〜〜…笑わなくてもいいじゃないですか〜」
「……ま、ガンバレ」
中谷先生も吹奏楽部の顧問で、稔先輩の担任で、数学の先生で―― 永田先生(私の担任)と楢崎先生の次に、私のことをよく知ってくれてる先生。
おまけに「数学が苦手だ」ってゆうのも、よ〜〜く知られてる。
数学は別の先生に教わってるんだけど、先生同士の仲が良いもんだから……中谷先生も! 私の成績を把握してるんだって。
―― だからといって「勉強しろ!」なんて叱ることは無いから、イイんだけどね……
試験が始まってから35分が経った。
頭の隅に、ほんの欠片でもいい。ちょっとでも公式が残ってたら解けるのに、きれいさっぱり忘れてしまってるから……いくら考えてみても、全く分かんない。
『試験開始時より40分経過後は退出可。ただし、静かに行動せよ!』
黒板の注意事項を見ると、なぜかその文字だけが大きく見えた。(ような気がした)
退出する準備をしようと思って、シャーペンと消しゴムを片付けていたら
「終わるのか? まだ時間は有るぞ」
「!!……いつの間に戻って来たんですか!?」
中谷先生に声をかけられてドキッとした。
「簡単に諦めるな。粘れよ?」
―― そんなこと言われたって、無理!
公式が頭の中からスッポリと消えて無くなってるから、分かんないの。
いくら考えてみたって、欠片さえ浮かんでこないの。
空白はたくさん有るけど、でも…もうこれ以上、ホントに無理。
それでもセンセは「問題を解け、もっと考えろ」って言うの?
中谷先生に言われて、またシャーペンと消しゴムを出したけど……空白は一つも埋まらずに、そのまんまの状態……
『私語は一切禁止。質問がある者は、黙って手を挙げること』
黒板に書いてある注意事項を、もう一度見る。
中谷先生の顔と問題用紙を、チラチラと交互に見ながら……頭の中では、先生に言いたいことがグルグル回ってる。
いっぱい言いたいのに、何も言えない。今は試験中だから…(泣)
センセ〜、こんな所で立ち止まらないでください。
お願いですから、さっさと他の生徒の所へ行っちゃってください。
そんなにジッと見ていられたら困ります!
逆立ちしたって、もう何にも出てこないんですよ?
これ以上、私にどうしろって言うんですか!?
センセ、もしかして私のこと……虐めてるんじゃ…?
「40分経過。…出来た者は退出して、そのまま帰宅してもいいぞ」
中谷先生は、その位置(つまり私の傍)から動きもせず、皆に向かって言った。
じゃあ私も♪ と思って、再び机の上を片付け始めると
「本当に、いいのか? 後悔しないか?」
先生に聞かれた。
そんな『後悔』だなんて、もちろん有るけど……ココに座ってても何にも書けない。
私は先生の顔を見上げながら、頷いた。
「……よし分かった。お疲れ」
中谷先生に言われ、やっと席から離れることができて……音楽室へと向かう。
でも先生の、あの間は何だったんだろ……
なんで私だけ、先生のOKが出なきゃ退出できないんだろ……
なんか変じゃない? ……とは思ったけど、深く考えなかった。
だって心の中は、音楽室で待ってくれている稔先輩のことで一杯だったから♪