続編
【稔】
やっと見つけた彼女は、他の男の腕の中。しかも………唇にキス!?
目にした瞬間、僕は―― 怒りのあまりに、どうにかなりそうだった。『腸(はらわた)が煮えくり返る』って、こんな感じなんだろうか。
「裕美!!」
苛立った感情の全てを彼女にぶつけるように、名を叫ぶ。ところが裕美はカタカタと震えるばかりで、顔を向けようともしない。
どうして此方を見ない!?
どうして僕に助けを求めてこない!?
どうして其奴の腕の中で震えているんだ!?
彼女の腕を乱暴に掴み、引き寄せる。
裕美を見つけ、その姿から目を逸らさずに走ってきたから―― 彼女が嫌がって抵抗していたのは知っている。
だがこんなに腹立たしく思ったことなんてなかった僕は、この感情をどうにも抑えることができなくて……口から出てきたのは、彼女を責める言葉だった。
「心配して追いかけてみれば、他の男にキスされてるなんて……本当にキミは……」
直後に「シマッタ!」と気付くも既に遅く―― 顔面蒼白になってしまった彼女に、僕は慌てた。
―― 一刻も早く、裕美を慰めて誤解を解かないと……
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
「あんた、裕美先輩の彼氏?」
声をかけてきた男へと視線を向ける。
―― 奴の存在を忘れるところだった
「ああ、キミは?」
「桜花爛漫学園高等部1年、高山直人だよ。あんた裕美先輩の彼氏なら、そんな顔させんなよ! だいたい――」
「やはり高山の……。文句は後で聞く。構内のカフェで待て。キミの尋ね人も其処に居る」
「何言って――」
「これ以上、拗(こじ)らせないでくれ! それから裕美へのキスは……」
言いながら拳を握り、奴の腹に一撃を放つ。
「っ!!」
「……これで一発で勘弁してやる。ありがたく受け取っておけ、後輩」
「お、い……」
もう奴に構っている暇はない。
其の場に崩れゆく奴を残したまま、僕は裕美を抱きかかえると電気工学科の研究室へと向かった。
其処は気心の知れた教授の研究室。「いつでも使ってくれ」と言われていて、よく利用させてもらっている場所。今頃の時間なら誰も居ない。2人で話し合うには最適だ。
たとえ裕美が感情的になっても、僕は冷静に話をしなければいけない。
けれどもあのキスシーンが、ふと脳裏に浮かんでくると………駄目だ。会話だけじゃあ済まなくなるかもしれない。
―― 自分の理性をどこまで保てるのか、少し心配だが…
裕美を傷つけるような行為だけはするまい、と心に誓った。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
研究室の扉横にある『空室』の札を『使用中』に変え、中から鍵を掛ける。
此処に来るまでの間、ずっと青褪めたまま一言も発しなかった裕美を抱き直して教卓の椅子に座る。
それから膝の上に乗せて顔を覗き込み「裕美、ちょっと話そうか…」と話しかけた途端、ビクッとした彼女の目から堰を切ったように涙が溢れ出してきた。
「ごめ、なさ……キス、されちゃっ……ごめなさい、ごめなさい、ごめなさ――」
「……裕美?」
「……ねがい……嫌いに、ならないで……嫌いになっちゃ、ヤダぁ……」
泣きじゃくりながら「ごめんなさい」と「嫌いにならないで」を何度も繰り返す彼女。
―― キミの心を傷つけたのは僕なのに、どうしてキミは…
胸が痛くなって聞いていられなくなってきた僕は、彼女の名を呼んで強く抱きしめた。
「裕美!!」
「ッ!」
「謝らなくていい! 嫌いになんてならないから、もう言うんじゃない。……いいね?」
しゃくりあげながらも僕の言葉に頷いてくれた彼女に、安堵した。
「裕美……落ち着いた?」
「………ん…」
「じゃあ……僕の話を聞いてくれる?」
「話、って……」
腕の中から不安げな顔で見上げてくる彼女に、胸がチクリと痛む。
「裕美、傷つけてごめんね。辛い思いをさせてごめんね。悲しい涙を流させてしまって……本当にごめんね」
「稔先輩……」
「一緒に歩いてた女性は、僕の彼女でもなんでもないんだ。噂になってるけど――」
僕は、高山さんとの全てを―― 同席するようになった経緯から今までの何もかもを、裕美に話した。どうか正確に伝わってくれますようにと、願いながら……。
「いつも高山さんとは、お互いの恋人のことを話してるんだ」
「こい、びと……って、私のこと?」
「当然。他に誰か居る?」
「居たらイヤ!」
「うん、居ないよ、裕美だけ。だから……心配することは何もないんだよ」
そう言って額にキスを落とすと、裕美は漸く僕に笑顔を見せてくれた。
1つは一件落着。そしてもう1つ、厄介な奴が……
「ところで、裕美にキスした奴のことを教えてくれるかい?」
「あ! ……高山くん、のこと?」
「そう。で、アイツは吹奏楽部の後輩?」
「今年、高等部から入学してきたホルンの子で……」
「で?」
「えっと、あの……私のこと、好きって……付き合って、って…」
「ふ〜〜〜ん」
「っでも、ちゃんと『彼氏が居る』って言ったから!」
「それなのにキスするんだ」
「したくてしたんじゃないもん、逃げられなくて………初めてだった、のに……」
「……分かってるよ、これは僕のヤキモチ。ごめん。で……何処にされたの?」
「……ココ……」
そう言って指さす其処を舌でペロリと舐める。驚いた彼女が口を開けた隙間に舌を伸ばして入り込み、大人の深いキスをした。
これで奴のよりも、僕のキスを印象強く残せただろう。
しかし……キスを終えた後の、裕美の表情がとても艶っぽくて……正直、困った。