続編
【裕美】
稔先輩の笑顔は私を幸せにしてくれるのに、私じゃない誰かに向けられたら……こんなに辛くなるものだなんて……知らなかった。
声を上げて泣きじゃくりながら走る。
周囲から驚いた顔を向けられるけど、恥ずかしいなんて感じない。さっき見た光景が、頭の中で何度も何度も再現されて……悲しくて哀しくて……
あの人を見つめる先輩の優しい目が、微笑む顔が、私の胸に突き刺さる。
私みたいな『お子様』じゃなくて、とても綺麗で、大人で…あの人なら、誰もが『瀧川稔の恋人』と認めるだろう。
あの2人なら、きっと「お似合いね」って囁かれるに違いない。私じゃ到底無理だ……と思ったら、もっと悲しくなってきた。
あのツーショットが頭から離れてくれなくて「もうヤだー!」と叫んだとき、前から歩いてきた誰かにドンッとぶつかって抱き止められた。
「っ、……ごめ、なさ……」
「……裕美先輩?」
「……?」
「先輩っ! ……なんでこんなトコで泣いてんですか!?」
見上げてみれば、そこには高山君の怒った顔があって……私は驚きすぎて、涙が止まった。
―― なんでココに居るの!?
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
「高山君、なんで……」
「俺は姉貴に会いに来たんです。先輩こそ、なんで泣いてたんですか?」
彼の問いかけに、首を横に振る。それよりもこの状態を、早く何とかしたい。
「お願い、離し――」
「嫌です。ちゃんと俺の質問に答えてくれなきゃ離してあげません」
高山君に抱き止めてもらってから、ずっと彼の腕の中に閉じ込められている私。
何とか離してもらおうと思ってモゾモゾと動いているけれど、腕を緩めてくれないどころか「泣いた理由を教えて」だなんて……そんなの言えない!
話したくない!!
「もしかして……彼氏?」
その言葉にビクッと身体が反応する。と同時に、あの光景が頭を過ぎり……胸がズキンと痛む。
「先輩に、そんな顔させるなんて……。彼氏、浮気でもしたんですか?」
「先輩は、そんな人じゃ……」
「だから言ったでしょ? 『俺なら絶対に、こんな寂しい顔なんてさせない!』って」
「もう言わないで!」
「俺……先輩のこと、大事にするから。ね、俺を好きになって?」
「……それはダメ、できない……」
声がソックリだからといって、それだけで高山君を好きになるなんてことなはい。
正直、錯覚しちゃった時もあった。けど……もう迷ったりしない。
私は稔先輩が大好き。
辛いのも悲しいのも、『先輩が大好きだからこそ沸き上がってくる感情なんだ』ということを―― 身を持って知ったから。
相手を想う気持ちが深ければ深いほど、それは大きな波のように襲いかかってくるということも――。
あれは本当にショックだったけど、そんなふうに思うことができるくらいには、私……少しは大人になれたのかもしれない。
頭では、そんなふうに自分の気持ちを整理できた。
だけど心の中はモヤモヤしていて、とっても苦しい。
先輩のことは信じてる、けど……私の気持ちは不安定に揺らいでしまう。
だから信じたい、信じさせて欲しい!
どうして、あの人が隣に居るの!?
どうして、あんな笑顔を向けるの!?
私は先輩の『特別』じゃあないの?
心が苦しくて苦しくて堪んないの!
お願い、助けて!!
高山君の腕の中。私は彼の話に耳も貸さず、自分の思考の中に入り込んでいた。
後悔することになるなんて、気付きもしないで……
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
「……先輩、先輩ってば……俺が言ったこと、聞いてなかったんですか!?」
「……え、何?」
「『キスしますけど、嫌なら抵抗してください』って言ったのに、……タイムオーバー」
「ッ!!」
ギョッとして顔を上げると、顎を掴まれて固定されてしまった。
背中に回されている手にも力が込められていて、逃げたいのに逃げられない!
高山君が屈んで、顔が迫ってきて―― 唇のすぐ横に、彼のそれを感じた。頬と唇の境界ギリギリの場所。
でも私の……ファーストキス…
―― 大好きな先輩とのキスを夢見てたのに、なんでこんな……酷い!
止まっていた涙が、また溢れてきた。
私から手を離した高山君は、しきりに何かを話しているけど……何も聞こえない。
周囲のざわめきも入ってこない。
なのに、その人の声だけは私の耳に届く。
「裕美!!」
聞きたかった。
でも―― 待ち望んでいた声を聞いた途端に、私の体から血の気が引いていく。
怒鳴り声で名前を呼ばれるなんて、初めてのことだった。
彼が怒ったところさえ見たこともない私は、とても怖くなってきて、カタカタと震えてしまって―― 稔先輩の方へ顔を向けることができなかった。
それが怒りを増幅させてしまったのか、私は近付いてきた先輩に―― 腕を乱暴に掴まれて引き寄せられた。
「心配して追いかけてみれば、他の男にキスされてるなんて……本当にキミは……」
その言葉が、「もう付き合いきれないよ」と言っているように聞こえた。