(7)

 前に有田先輩から聞いた『練習は真面目にきっちりと! 遊ぶときはトコトン思いっきり♪』のとおり、練習はとても厳しいものだった。 

 私たち部員は「遊びに来たぞ〜♪」と言いながらやって来たOB・OGの人たちに、目いっぱいシゴかれた。

 こんなに長時間クラリネットを吹いたのは初めて! ……という私の唇は、2日目にはもう限界を超えてしまい……切れて出血してしまった。

 

「先……輩……」

 口を押さえて涙目になっている私を見た有田先輩は、すぐに事情を察して

「30分間だけ、休憩いってらっしゃい」

 と茶道室の鍵を渡してくれたけど、当の私は情けないやら申し訳ないやらで……部屋に入るなり、大泣きしてしまった。

 そして30分後。泣き腫らした目で鍵を返しにきた私に、有田先輩はビックリしてた。

「そんなに痛かったの!?」

―― そりゃあ痛いですけど、そうじゃなくって……

 

 確かに傷は痛い。でもそれは歯が当たらなければ我慢できるくらいの痛みで、こんなに泣くほどのモンじゃない。

「無理しなくていいのよ?」

―― 違うんです……

 

 私は泣いた理由も言えずに、ただ首を横に振ることしかできなかった。

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 練習が厳しい代わりと言っては何だけど、楽しい時間も♪ たくさんあった。

 先輩からの差し入れを休憩時間に一緒に食べたり、ワイワイ言いながら食堂で食事したり、部員のみんなで近くの銭湯に行ったり、お布団に入ってからは怖〜い話や告白タイムで盛り上がったり……。

 修学旅行の経験は有る。でも学年の違う人たちと共に行動するのは初めてだし、銭湯に行くのも初めてだった私は、そんな時間を思いっきり楽しんだ。

 

 そして……合宿最後の夜。恒例の『肝試し』が始まった。

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

「一緒に行くペアを決めるから、コレを引いてね〜」

 割り箸で作られた籤(くじ)を持った有田先輩が、みんなの間をまわっていく。

「コレって……」

「食事のときに使った割り箸を、洗って有効活用したのよ♪」

 さすが先輩! とは思うんだけど……私は遠慮したい。

「さ、裕美ちゃんも♪」

「やっぱり……参加しないとダメ、ですか? パスしたいんですけど……

「ダ〜メ。ちゃんと男女のペアになるように作ってあるから大丈夫♪ 怖かったら、相手にくっ付いときゃイイのよ。それに卒業した先輩たちだって、楽しみにしてるのよ?」

「楽しみ…?」

「そ。お化け役で参加してくれるの」

―― えぇッ!? そんなの無くても充分、怖いじゃないですか!

 

「ほら裕美、早く引いちゃいなよ。次は私の番なんだからさ♪」

 見るに見かねて? 真紀が来てくれた。

「真紀ぃ〜〜」

「そんな声、出さないの。さっさと覚悟決めなさいよ。…で、どれにする?」

「……わかった。……じゃあ、コレ……」

「私はコレね♪」

 真紀は『5番』で、相手は雄大くん。

 私は『7番』で、相手は……稔先輩!?

 

「木村さん、ヨロシクね」

「……こちらこそ、よろしくお願いします…」

 

 ニッコリと笑いかけられても、返す私の笑顔は、ぎこちないモノになってしまった。 

 稔先輩と一緒だというのに、いつものドキドキは遥か彼方へ行ってしまったみたい。

―― これがデートだったら最高なのに……

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

「じゃあ、いってきま〜す♪」

 真紀と雄大くんが、ニコニコと手を振って出発する。それを見送る私の心の中は……とても複雑だった。

 『肝試し』なんて行きたくない!!

―― だけど稔先輩とペアだなんて、もう二度と無いよね?

 このチャンスを逃したくない、と思った私は……ようやく覚悟を決めた。

 

 

 そして、とうとう私たちの番がきた。

 いくら覚悟を決めたとはいっても、やっぱり……怖いものは怖い!

 一歩目は出せたけど、二歩目の足が、なかなか出せない。

「どうしたの?」

「……足が……竦(すく)んじゃって…」

「そんなに怖くないよ?」

「もうちょっと……待ってください。落ち着いたら……行けると、思い…ますから……」

「ほら行くよ。後がつっかえてるんだからね」

「きゃッ!」

 いきなり稔先輩に手を握られて、引っ張られた。

 

 そのおかげで足が出たけれど、コレって手をつなぐってゆうよりも……

―― 連行されているような気がするんですけど?

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 暗い校舎の中を2人、歩いていく。

 

「もう唇は大丈夫?」

「え…?」

 突然、稔先輩に話しかけられてビックリした私は、すぐに返事ができなかった。

「切れた、って聞いたから」

「……あ、はい。まだ少し痛いですけど、楽器は吹けるようになりました」

「そう。良かったね」

「はい。ありがとうございます」

―― 先輩、気にかけてくれてたんだ……

 

 心が、ほっこりと暖かくなったような気がした。

 なんだか怖い気持ちも薄らいでくるみたい。

 

「あの……どこに向かってるんですか? 順路とか、あるんですか?」

 思い切って、稔先輩に聞いてみた。

「前もって男子にだけ、ルートが教えられているから。心配しなくていいよ」

「はい……」

「指令は『北校舎2階の女子トイレ手洗い場にある封筒を持ってくること』なんだ」

「女子トイレ……ですか?」

「もちろん僕は入れないからね。木村さん独りで行くこと」

「えぇッ!?」

「当然だろ?」

「それは……そう、ですけど……」

―― 真っ暗な学校のトイレに、独り!?

 

 背筋がゾッとして、体が一気に冷えた。

 そのタイミングを計ったかのように、第一回目が襲来。

「わっ!」

「キャァーーーーーーーッ!!」

 

 悲鳴が校舎を走った。

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 あれから何度も何度も驚かされて……私は毎回、叫び声をあげていた。

 そして……今、私たちは2階の女子トイレの前に立っている。

 

「どうしても……独りで、行かなきゃ……ダメ?」

 もう敬語で話すことすらできず、素に戻ってるのにも全く気付いてない私。目に涙を浮かべながら稔先輩を見上げたけれど……

「男子は入れないよ?」

 あっさりと、そう言われて俯いてしまった。

「ドアの所で待ってるから。行っておいで」

「絶対? ちゃんと待っててね? ね? ね?」

 

 何度も念を押してから、恐る恐る女子トイレに入っていく。

―― 封筒、封筒、と……あ、あった♪

 

 目当ての封筒を見つけて手に取り、それまで張り詰めていた気を抜いてホッとしたとき! 目の前の手洗い場の鏡に、白いモノが映った。

 それはちょうど私の真後ろまで移動し、大きく手を広げて……

 

「イヤァーーーーーーーッ!!」

 

 固く目を閉じてトイレの床に蹲ってしまった私は、もう怖くて怖くて……自分の周囲で何が起きているのかさえも、分からなかった。

「大丈夫? まさかココにも居たなんて……」

 稔先輩に抱え起こされて、そう言われるまでは。

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

「もうあれで最後だよ。あとはゴールの視聴覚室に行くだけだから」

「……ん……」

「封筒は、ちゃんと持ってる?」

「うん……」 

 震える声で、なんとか返事をしていたが

 あと5メートルほどで視聴覚室、というときに……暗がりの中で人の気配がしたように感じた私は、歩みを止めた。

 

「どうかした?」

「……居る……」

「そんなはずないよ。気のせいじゃ――」

「イヤ……もうヤダぁ……」

「それなら、僕が先に行って見てくるよ」

 ふるふると首を横に振って頑として動こうとしない私に、稔先輩は……繋いだ手を離して先に進んだ。

 

「誰も居ないよ?」

 視聴覚室のドアの手前で、稔先輩が両手を広げる。その姿が月明かりの中、うっすらと朧(おぼろ)げに見えた。

「ほら、早くおいで」

 言われた私は、恐る恐る歩き始めた。

 そして稔先輩が居る場所までもう少し、という所で…………

 

「「「「ワァッ!!!」」」」

「キャァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

囲まれるようにして驚かされた私の悲鳴が、あたりに響き渡った。 

私は、その場に蹲(うずくま)って泣いた。

怖かった。悲しかった。

今までこんなに泣いたことなくらい、泣いて泣いて泣いて泣いて………

 

「ごめんね。もう大丈夫だから……ごめんね…」

 

 稔先輩が抱きしめて、背中を撫でてくれたけど……涙は後から後から溢れてきて……なかなか止まらなかった。

 

 ★そのとき、稔は…⇒肝試し

2008.10.04. up.

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