(9)

 ショックだった。

 心の中はメチャメチャで……どんな風にして教室に戻ってきたのかも分からない。 

 

「裕美、早かったね。音楽室に忘れてきた筆箱、もう取ってきたの?」

 真紀に声をかけられても、返事なんてできなかった。できる状態じゃなかった。

「裕美? どうした――」

 私の顔を覗き込んだ真紀が、言葉を失くす。 

「ねぇちょっと、裕美の顔色が悪いから保健室に連れて行ってくるって、先生に言っといてよね! ほら裕美、行こ!」

 真紀は隣の席の女子に言うが早いか、私の手を引いて廊下へと歩き出した。

だ、いじょぶ……

 なんとか声を出して言ったけど

「そんな顔して言わないで! 自分の顔が、どんなに酷いか分かってんの!? 青い顔して、虚ろな目をして……涙なんか流して……」

「え…?」 

 真紀に言われて、初めて気がついた。

―― 私……泣いてる…? 

 

 保健室には……保険医も、誰も居なかった。

 

「何があったの? お願いだから話して! こんな裕美、見たくない。辛いよ……」

「真紀……」

「悲しいんなら、ちゃんと悲しい顔して泣かなきゃ。そんな顔で泣かないでよ……」

 言ってる真紀の方が、泣きそうな顔してる。

「うん…」

 

 そう言って私は、音楽室で見たことを真紀に話した。 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

「それって……違うよ?」

「え?」

「羽山先輩は、稔先輩じゃなくて学先輩のことが好きなんだよ」

「そうなの!?」

「うん。中等部のときに、羽山先輩が学先輩に『好き』って告白したの。私、知ってるんだよね」

「じゃあ2人は付き合って…?」

「ううん。そこんところが微妙で、『告白』したけど『お付き合い』はしてないの。『友達以上、恋人未満』って感じかなぁ。学先輩って、誰にでも優しいでしょ? それは先輩の長所でもあるんだけど、羽山先輩にしてみたら『誰にでも優しくしないでよ!』って…」

「……思うよね」 

「学先輩が何を考えてるのか、まるっきり分かんないの。羽山先輩は、ずっと学先輩ひとすじなのに……。だから、たまに稔先輩に八つ当たりしちゃうみたい」

「八つ当たり?」

「うん。裕美が見たのは、その場面だった、というワケ」

「それって……部活のみんなは知ってるの?」

「う〜ん、どうなんだろ? ここまで詳しい事情を知ってる人は、少ないかもね」

「そうなんだ……」

「だ・か・ら、裕美が心配することは、何も無いんだよ♪」

「うん。真紀ありがとね。先輩たちを見たときは目の前が真っ暗になっちゃって、胸の中に大きな穴が開いたみたいに痛くなってきて……どうやってあの場所から帰ってきたのか全然覚えてないの。真紀に言われて、初めて自分が泣いてるのに気付いたくらいだし……」

「裕美……」

「私……こんなにショックを受けるほど、稔先輩のことが好きになってたんだね」

「ついこの前まで『自分の気持ちが分かんない〜』なんて言ってたのにね〜」

「ホント。自分でもビックリしてる」

「あ〜ぁ。私よりも裕美の方が早く、オトナになっちゃったよ〜 寂しいな〜〜」

「真紀ったら〜」 

 

 それから終了のベルが鳴るまで、私たちは保健室でいろんな話をした。

 これって授業をサボったことになるんだろうけど、でも……私にとっては絶対に、必要なことだったと思うんだ。

だから……イイよね?

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 その後の授業は真紀にペンと消しゴムを借りて、放課後になってから筆箱を取りに行った。

 もう2学期の期末考査、一週間前! ってことで、部活は休み。

 だ〜れも居なくて、静かな音楽室。

 私が座っていた場所に行って、目当てのものを見つけてホッとしていたら

「裕美ちゃん」

「あっ……」

 いきなり声をかけられて、ビクッとして落としちゃった。

 

「ビックリさせてごめんね」

「は、羽山先輩……どうして…?」

「さっき……見ちゃったよね、私たちのこと…」

「……はい」

「私は気付かなかったんだけど、稔が……見たって言ってたから。……ごめんね?」

「え?」

「裕美ちゃん、稔のことが好きって……真紀ちゃんから聞いたの。だからもう、稔に当たるのは止める。……辛い思いをさせちゃって……ホントに、ごめんね」

「いえ……私は大丈夫です。……むしろ羽山先輩の方が辛いんじゃないですか?」

「裕美ちゃんて……優しいんだね。ありがとう。ホントに……ありがと…」

 

 寂しそうに微笑む先輩の目から、涙が零れた。

2009.03.07. up.

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