ショックだった。
心の中はメチャメチャで……どんな風にして教室に戻ってきたのかも分からない。
「裕美、早かったね。音楽室に忘れてきた筆箱、もう取ってきたの?」
真紀に声をかけられても、返事なんてできなかった。できる状態じゃなかった。
「裕美? どうした――」
私の顔を覗き込んだ真紀が、言葉を失くす。
「ねぇちょっと、裕美の顔色が悪いから保健室に連れて行ってくるって、先生に言っといてよね! ほら裕美、行こ!」
真紀は隣の席の女子に言うが早いか、私の手を引いて廊下へと歩き出した。
「だ、いじょぶ……」
なんとか声を出して言ったけど
「そんな顔して言わないで! 自分の顔が、どんなに酷いか分かってんの!? 青い顔して、虚ろな目をして……涙なんか流して……」
「え…?」
真紀に言われて、初めて気がついた。
―― 私……泣いてる…?
保健室には……保険医も、誰も居なかった。
「何があったの? お願いだから話して! こんな裕美、見たくない。辛いよ……」
「真紀……」
「悲しいんなら、ちゃんと悲しい顔して泣かなきゃ。そんな顔で泣かないでよ……」
言ってる真紀の方が、泣きそうな顔してる。
「うん…」
そう言って私は、音楽室で見たことを真紀に話した。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
「それって……違うよ?」
「え?」
「羽山先輩は、稔先輩じゃなくて学先輩のことが好きなんだよ」
「そうなの!?」
「うん。中等部のときに、羽山先輩が学先輩に『好き』って告白したの。私、知ってるんだよね」
「じゃあ2人は付き合って…?」
「ううん。そこんところが微妙で、『告白』したけど『お付き合い』はしてないの。『友達以上、恋人未満』って感じかなぁ。学先輩って、誰にでも優しいでしょ? それは先輩の長所でもあるんだけど、羽山先輩にしてみたら『誰にでも優しくしないでよ!』って…」
「……思うよね」
「学先輩が何を考えてるのか、まるっきり分かんないの。羽山先輩は、ずっと学先輩ひとすじなのに……。だから、たまに稔先輩に八つ当たりしちゃうみたい」
「八つ当たり?」
「うん。裕美が見たのは、その場面だった、というワケ」
「それって……部活のみんなは知ってるの?」
「う〜ん、どうなんだろ? ここまで詳しい事情を知ってる人は、少ないかもね」
「そうなんだ……」
「だ・か・ら、裕美が心配することは、何も無いんだよ♪」
「うん。真紀ありがとね。先輩たちを見たときは目の前が真っ暗になっちゃって、胸の中に大きな穴が開いたみたいに痛くなってきて……どうやってあの場所から帰ってきたのか全然覚えてないの。真紀に言われて、初めて自分が泣いてるのに気付いたくらいだし……」
「裕美……」
「私……こんなにショックを受けるほど、稔先輩のことが好きになってたんだね」
「ついこの前まで『自分の気持ちが分かんない〜』なんて言ってたのにね〜」
「ホント。自分でもビックリしてる」
「あ〜ぁ。私よりも裕美の方が早く、オトナになっちゃったよ〜 寂しいな〜〜」
「真紀ったら〜」
それから終了のベルが鳴るまで、私たちは保健室でいろんな話をした。
これって授業をサボったことになるんだろうけど、でも……私にとっては絶対に、必要なことだったと思うんだ。
だから……イイよね?
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
その後の授業は真紀にペンと消しゴムを借りて、放課後になってから筆箱を取りに行った。
もう2学期の期末考査、一週間前! ってことで、部活は休み。
だ〜れも居なくて、静かな音楽室。
私が座っていた場所に行って、目当てのものを見つけてホッとしていたら
「裕美ちゃん」
「あっ……」
いきなり声をかけられて、ビクッとして落としちゃった。
「ビックリさせてごめんね」
「は、羽山先輩……どうして…?」
「さっき……見ちゃったよね、私たちのこと…」
「……はい」
「私は気付かなかったんだけど、稔が……見たって言ってたから。……ごめんね?」
「え?」
「裕美ちゃん、稔のことが好きって……真紀ちゃんから聞いたの。だからもう、稔に当たるのは止める。……辛い思いをさせちゃって……ホントに、ごめんね」
「いえ……私は大丈夫です。……むしろ羽山先輩の方が辛いんじゃないですか?」
「裕美ちゃんて……優しいんだね。ありがとう。ホントに……ありがと…」
寂しそうに微笑む先輩の目から、涙が零れた。