あの件以来、羽山先輩とは個人的にも仲良くなって……先輩の希望どおり、『千尋先輩』って呼ぶようになった。
そして千尋先輩は、私の知らない稔先輩のアレコレをいっぱい教えてくれた。
それに勉強も♪
図書館で開かれる『千尋先輩の勉強会(?)』には、真紀と2人で参加した。さすが特進クラス! と感心するくらい、先輩の説明はとても分かりやすかった。
「でも…私たち、先輩の受験の邪魔じゃないですか?」
「ううん、復習ができて喜んでるくらいなんだから心配しないでよね。私……将来は中学の教師になる、って決めてるの。あなたたちが、一番最初の生徒よ? こんなに可愛くて教え甲斐のある子たちで、ホント嬉しいわ〜」
そして先輩に教わってから受けた2学期末考査の結果は、「凄いじゃないの!」って母が驚きの声を上げるほど良いモノだった。
調子に乗って“ごほうび”をねだってみたら、「そうね。クリスマスプレゼント、期待していいわよ」って……
―― やったー♪
こんなの滅多に無いことだったから、もう千尋先輩に感謝! です。
先輩ありがとう♪
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
試験も終わり、平日の授業も『答え合わせ』や『質問形式』が中心になっているのに
体育の授業だけは、なぜか『遊び』の類になっていた。
そんな中………担任の永田(ながた)先生じゃなく、副担の大石(おおいし)先生が来た朝のSHRで、それは決定してしまった。
「あれ? なんでリキせんせが来んの? ナガちゃんは?」
「永田先生は風邪をひいて熱が出て、休みだ。ところで……今日の体育の授業は、何がしたい? リクエストがあれば言ってくれ」
「童心に返ってドッジボールとか、どう?」
「お、それイイねぇ〜」
「小学校以来じゃねぇか?」
「でもさ〜 つまんなくね?」
「いいじゃんか! 普通、高校生にもなってドッジしないっしょ? こんなときだからこそ、できるんじゃん」
「それもそっか」
「他に意見は無いか?」
「リキせんせ〜 ドッジは怖いから嫌です……」
恐る恐る手を挙げて言ってみたけれど、みんなはヤル気満々みたいで……
「なんで? 楽しそうじゃないの」
「真紀〜 ドッジって怖いよ? 男の子が本気(マジ)でボール投げるんだよ?」
「裕美…?」
「心配しなくても大丈夫だよ〜」
「そうそう」
「お遊びじゃんか〜 気楽に考えようぜ」
周りの席の男子たちからも、いろいろ言われて……
―― もしかして反対してるの、私だけなの?
結局、ドッジに決まっちゃいました。今から憂鬱です……
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
とうとう体育の時間。私は体操服に着替えながら、昔のことを思い出していた。
小学4年生のある日、その日の体育の授業はドッジボールだった。
素早く逃げるのが得意な私は、いつも最後まで1人残るんだけど、飛んでくるボールを受けるのは怖くて……手を出すことさえできなかった。
いつものように1人残った私に向かって、クラスのみんなが口々に叫ぶ。
「いいかげん当たれよ!」 と、相手の子たち。
「逃げてばっかいないで、パス回してくれよ!」 と、外野の子たち。
そんな状態で時間がどんどん過ぎていく中、誰かの「もう体育の時間が終わっちまうじゃんかよ〜〜!」という声に操られるように身体が動き、飛んできたボールに手を伸ばしてしまい……
「痛ッ!!」
右手の親指を、酷く突き指した。
―― あれでピアノが弾けなくなっちゃったんだよね…
あの言葉を言った子の所為でもないし、ボールを投げた子の所為でもない。ただ私が不用意に手を出してしまったから、怪我をしただけ。
でも私は……あれ以来、ドッジボールをしていない。
小学4年の男子でも、けっこうキツイ球だったのに。今度は高校生!
あの力で、どんな球を投げるのか……想像するだけでも怖くなってきた。
お願い! どうか無事に終わってー!
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
「誰よ! 『ドッジしよう』なんて言ったのは!」
1人の女子が叫んだ。
―― だから言ったのに……
「オラオラ、退(ど)けコノヤロー!」
「当たりやがれー!!」
「下手くそ!」
「お前に言われたくねぇぞ!」
「オレのボールを受けてみやがれッ!!」
当たれば痛い!!
半端じゃなく痛い!!
みんな初めは楽しんで“童心に返って”いたのに、熱が入って本気(マジ)になるのも早かったし……殺気立ってて、ものすごーく怖い!
それはそれは凄まじい光景で……
男子はストレス発散できただろうけど、女子には“恐怖の時間”になっちゃいました。
―― もう絶対、ドッジなんてしないもん!