続編

迷子(2)

【裕美】

 6月2日。学園創立記念日に、私は独りで稔先輩に会いに大学へ行くことにした。

 

 家族との外出はいつも父の車だったし、友達や稔先輩とは駅前で待ち合わせしてたから、独りっきりで電車で遠出することなんて無くって……これが初体験! の私。

 とっても緊張するけれど、もちろん不安でいっぱいだけど、でも稔先輩に会えると思ったらこんなの……

 我慢できる!

 頑張れる!!

 ゴールデンウィークに、先輩達の大学へ連れて行ってもらったことがあるし……生徒手帳には電車を降りる駅名も、バスの乗り方だって書いてある。

―― 一度行った所だもん、大丈夫だよね? 迷子になんてならないもん! 

 私は生徒手帳を握り締め、自分自身を勇気づけながら家を出た。

 

 

 最寄の駅で電車を降りて、駅前のロータリーから『森林公園行き』バスに乗って、『大学前』で降りる。バス停は、大学の正門横。

 あんなに緊張していたのに、メチャメチャ不安だったのに、すんなりと大学に着いて、「こんなに簡単だったの!?」って思って、ちょっと苦笑い。

 何も連絡しないで来ちゃったから、稔先輩ビックリするかも。

 「独りで来ちゃダメじゃないか」って怒る?

 それとも「よく来たね」って褒めてくれる?

 でも……急に来た理由、何て説明しようかなぁ…

 

 あれこれ考えながら大学の正門に向かって歩き出した。

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 バスを降りたときから、気にはなっていたけど……なんだか私、じっと見られてるような気がする……。

 今日は創立記念日なんだからサボリじゃないもん! って思いながら歩いていると、イキナリ大きな壁が目の前に現れた。

「!!!」

―― ホントは男の人たちに通せんぼされたんだけど、私にとっては『壁』なの……

 

「お譲ちゃん、学校は? サボっちゃダメだよ〜」

「そうそう。キミ小学生? 中学生?」

「なんなら家まで送ってあげようか?」

「それより俺たちと一緒に遊ばない?」

 

 笑顔で次々に話しかけられても、私にとっては『怖い』以外の何物でもない。

 何も言えず、恐怖に引きつった顔をプルプルと横に震わせることしかできない。

 

「おぉっ! その反応、めちゃくちゃ可愛い〜」

「今どき珍しいじゃん」

「ウブだね〜〜」

「攫っちゃおうかな」

 そう言いながらニュッと伸びてきた大きな手が、私の手首を掴んだ。

「!! イヤーーーー!」

 その途端、恐怖の限界を超えた私は叫び声をあげて泣き出した。

 

「ごめんごめん!」

「冗談だから、な?」

「何もしないから」

「泣き止んでくれよ〜」

 

 

 大学の正門前。

 学生が途切れることなく通る場所で、男たちに囲まれて大泣きしている小さな女の子。

 集まってきた野次馬の目が、「お前ら、いったい何したんだ!?」と責めている。

 知らぬ振りなど許されない状況の中、必死で女の子を宥める男たち。

 そして……漸く女の子が泣き止んだとき、

 男たちはホッとしたと同時に、力仕事を終えたような疲れを感じていた。

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

「……泣いちゃってゴメンナサイ」

「いや、俺たちも悪かったし……」

 泣き止んで落ち着いた今になって、恥ずかしいことをしちゃったな……と反省する。

―― 私、高校2年なのに……

 

「泣かせちゃったお詫び、ってコトで。案内してあげるよ。……何処に行きたい?」

「え…?」

「学校を休んでまで、此処に来たんじゃないの?」

「今日は創立記念日なんです。けど……ホントに、いいんですか?」

「もちろん」

「……じゃあ、理工学部へ…お願いします」

「了解♪」

 

 理工学部棟へ案内してもらいながら「悪い人たちじゃなくて良かった」と思う。

―― あんな場所で泣いちゃって、迷惑かけたのに……

 

「理工学部の誰に会うの?」

「高校の先輩なんですけど……」

「えっ! キミ高校生なの!?」 

「はい、2年生です」

 言った途端に「絶対に見えない!」「ありえねー」「ウソだ〜」の声があがる。予想はしていたけど、なんか嫌だ。

 「ちゃんと生徒手帳だって持ってます!」と言いながら出して見せると、私の顔と写真とを見比べて……やっと納得してくれた。

「……で、高校2年生の裕美ちゃんは、誰に会いに行くのかな?」

「電気工学科の、瀧川稔先輩――」

 

 自分でも頬が熱くなっているのが分かるくらいだったから、バレバレだったかも。

 でも稔先輩の名前を出したら、その場の空気がサッと変わった。

 

「『瀧川』って……あの双子か!?」

「『微笑みの貴公子』と『氷の王子』だっけ?」

「『稔』ってことは、『氷の王子』の方か……」

「……裕美ちゃん、悪いけど……帰った方がいい。瀧川稔のことは諦めて、帰りなよ」

「どうして…?」

「憧れてるんだろうけど、残念だったね。アイツ、彼女が居るから」

―― え!?

「それも、ウチの大学で一番! ってくらいの美人だ」

―― うそ……

「だからキミは……っておい、あれ瀧川稔じゃないか!?」

―― 先、輩?

 

 見ると、そこには綺麗な女性と肩を並べて歩く稔先輩の姿があった。

 楽しそうに話している様子に、胸が……締め付けられるように痛い。

 

 なんでそんな優しい顔して笑ってるの?

 その人と一緒に居る方がいいの?

 私のことは、もう……好きじゃない……の?

 

 悲しくて悲しくて涙が溢れ出てきたとき、稔先輩が私の方へ顔を向けた。

 驚いた表情の先輩と目が合う。

―― イヤだ…

 

 そう思ったときには既に、先輩に背を向けて走り出していた。

 

2010.03.26. up.

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