続編
【稔】
のんびりと学生達が行き交う中を、携帯を握りしめながら駆けていく。
彼女に発信しても―― 応えるのは素っけ無い機械音声だけで、気持ちは焦(じ)れるばかり。
―― 裕美、何処なんだ!? 頼むから電源を入れてくれ!
声が聞きたい!
無事な姿を見せてほしい!
こんなにも君が好きなのに、それなのに………泣かせてしまった。あんなに悲しい顔をさせてしまった。
今、こんな状況になって、漸く兄や羽山さんの言葉の意味を理解した。
―― 本当に、僕は……なんて馬鹿なことをしたんだろう…
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
大学に入学してから、僕の周囲は騒がしくなった。合コンの誘いにサークルの勧誘、「私と付き合ってください」というのもあって……もう、うんざりするほどだった。
(特に「お付き合い」云々が)
きちんと「彼女が居るから」と説明して断っているのにも関わらず、『瀧川稔には彼女が居るらしい』という噂も立たず………告白してくる女性は後を絶たない。
そのうち説明するのも億劫になっていった僕は、素っ気無い態度で「要らないから」と答えるようになり……
それが原因なのか、『氷の王子』という異名を付けられてしまった。
―― 同じ双子なのに……どうして兄が『微笑み』で、僕は『氷』なんだ!?
「僕は、そんなに冷たい人間なんだろうか」と思い悩んだこともあったけど―― 告白してくる女性が減ったことに関しては、ありがたいと思うことにした。
そんなある日。構内のカフェで兄と羽山さんを待っていた僕に、同じ電気工学科の高山涼子(たかやま りょうこ)さんが声を掛けてきた。
理工学部は女性が少なく―― それでなくとも高校時代に某ミスコンで優勝した経験があるとかで―― とても目立つ存在で、よく男性から声を掛けられている人だ。
「お願いがあるの。……彼氏のフリ、してもらえないかしら」
「僕、が!?」
「私の彼は別の大学に居るのに、いくら説明してもダメで…本当に困ってるの。彼は『誰かに虫除け役を頼んだら?』って言うんだけど―― こんなの、誰にでも頼めることじゃないでしょ? 『他校に彼女が居る人』じゃなきゃ無理だわ」
「それで僕に?」
「ええ。彼女、別の学校に居るんでしょ?」
「……高校の後輩なんだ」
「そう。なら互いに協力し合いましょうよ。あなただって、私と付き合ってるコトにしておいた方が都合がいいと思うの。構内に限り、フリをするってことで…ね?」
「彼氏のフリ、か。……確かに、君と行動を共にすれば、煩わしい事柄が減りそうな気がするし……うん、いいよ」
「ありがとう。引き受けてくれて嬉しいわ。……じゃあ明日から宜しくね♪」
暫くして兄と共に現れた羽山さんに、さっきの話をしたら―― 猛反対された。
「なんで承諾なんかしたのよ! あんたたちのツーショット、裕美ちゃんが見たら泣くよ?」
「裕美は……独りで此処に来たりしないから、見られる心配もないと思うよ」
「ふーん。見られなきゃ、何でもアリなんだ……」
「君に誤解されちゃ困るから、言うけど―― これは“相互協力”だよ。高山さんには友情しか感じていない。僕が心変わりすることなんてないから、安心してほしいんだ」
「でも! 此処の皆には誤解させるつもりなんでしょ? 裕美ちゃんとのデート中に、『いつもの彼女は?』な〜んて誰かに指摘されちゃったらどうすんの!?」
「そんな確率は少ないだろうけど、……そのときは、きちんと説明するよ」
「………そう、わかった。もう私は何も言わない。稔の好きにしたらいいわ」
「羽山さん……」
「僕も、あまり賛成できないな。まぁ稔が決めたことだから……協力はするけどね」
「兄さんまで……」
反対される理由が全くわからない僕は、ただ不思議に思っていただけだった。
* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *
此処に裕美が現れるなんて、予想もしなかった。遠ざかっていく後ろ姿を呆然と見つめていた僕は、高山さんの声で我に帰った。
「あの子……もしかして、瀧川くんの彼女!?」
「え、あ……」
「早く追いかけなきゃ――」
「……悪いけど、この鞄を頼む。それから兄を探して、一緒に待っててほしい」
「私が言うのも変だけど……早く誤解を解いてあげて!」
出遅れてしまった自分が口惜しい。
携帯の着信音に「裕美!?」と思ったが、……それは羽山さんからだった。
『稔、裕美ちゃんは―― 』
「まだ見つかってない」
『だから「見たら泣くよ」って言ったでしょ!? ホントに馬鹿なんだから……』
「……だよね。こんなに後悔したのは、生まれて初めてだ……」
『早く見つけて、誤解を解いて安心させてあげなきゃ。落ち込んでる暇なんてないんだからね? あんたにしかできないコトなんだから、……頼むわよ!』
「必ず見つける。……裕美の携帯に繋(つな)がったら、連絡してほしい」
『わかったわ』
裕美の特徴を伝え、行方を聞き、その後を追いながらも―― 自己嫌悪でいっぱいになる僕。でも、そんなモノは裕美が受けたショックに比べれば………
心を痛めた君は、まだ泣いてるに違いない。
―― 早く、早く見つけなくちゃ…