番外編

ともだち(2)

 初めての彼に酷いことをされ、心にも体にも傷を負ってしまった私は……短大へ登校することもできず、家に篭って泣いてばかりの日々を過ごしていた。

 それでも年末年始は田舎の両親の元へと帰らなきゃいけなくて、私は重く沈む気持ちを抱えながら生家へと向かった。

 そして母と共に掃除や正月の準備をしながら、いろんなことを話しているうちに……ようやく落ち着いて物事を考えられるようになった。

 

    私は……このまま嘆き暮らしていくのかしら……

    家に篭ったまま、誰とも会わずに?

    いつまで?

    一生!?

    そんなの……イヤだわ!

    私だって幸せになりたい……

 

 心の傷は癒えていないし、『怖い』という気持ちも当然ながら有る。

 けれど『あの事』は……

 父には話せない。

―― 父はきっと「帰って来い!」と怒り狂い、私を家に閉じ込めてしまうだろう

 母にも話せない。

―― 母はきっと私以上に嘆き悲しみ、それを生涯負ったまま暮らすに違いない

 

 じゃあどうすればいいのだろう。今、私が『しなきゃいけないこと』って……何?

 

    学校へ行って、単位を取って……ちゃんと2年で卒業しなきゃダメよね……

    辞められない!

    留年なんてできない!

    父に「なぜ単位を落とした!?」と聞かれても、理由なんて言えない。

    そう。

    まずは、ここから始めるべきよね……。

 

 私は、ようやく頭を上げて前を見ることができるようになった。

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

「小山内由紀さん?」

「はい…?」

「初めまして♪ 私、同じ英文学科の長谷陽子(はせ ようこ)ってゆうんだけど……」

 

 年が明けて久しぶりに登校した私に、いきなり声を掛けてきた人が居た。

 英文学科は2クラスあって、名前の順で40人ずつに分けられている。でも彼女は、今まで見かけたことの無い人だった。

―― 私が周りを見てなかっただけ、なのかしら……?

 

 「ずっと、あなたと友達になりたいと思ってたんだ〜」と言う彼女。

 「一目惚れだったんだけど、なかなか声を掛けられなくって……」と言う彼女。

 「そしたら突然、学校に来なくなるんだもん。ホント焦ったわ」と言う彼女。

 

「あの…『一目惚れ』って言われても、私…困るんですけど…」

 彼女の勢いに押されながらも、なんとか言葉を挟むと

「いや〜〜 そんな深い意味は無いから、安心していいわよ?
あなたを見た途端、『あ、この人と友達になりたい!』って……そう思ったんだ♪
こう……目の前に光が差した感じ、って説明したらいいのかなぁ……」

 そう言って明るく笑う彼女を見ていると、心の中が温かくなってきた。

 

 

 そして私は陽子ちゃんと友達になり、そして…その友達とも親しくなった。

 幼児教育学科の、羽山香織(はやま かおり)ちゃん

 同じく幼児教育学科の、藤森優華(ふじもり ゆうか)ちゃん

 食物栄養学科の、山崎詩音(やまざき しおん)ちゃん

 

 学科は違ったけれど……私たちは、とても仲良くなれた。

―― 私、中学でも高校でも……こんなに『楽しい♪』って感じたこと無かった……

 

 これまでの学生生活は、いったい何だったのかしら……と疑問に思うくらいに、5人で過ごす毎日は本当に充実していた。

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 陽子ちゃんのノートのおかげで単位を落とすこともなく、私は無事に2年生になることができた。

 そして半年が過ぎ、『あの事』から一年になろうとする頃。私は……

 一大決心をして、彼女たちに『あの事』を打ち明けた。

 

 話を聞いた彼女たちは、私が想像していた以上に真剣に考えてくれた。

 陽子ちゃんは「なにそいつ、ぶん殴ってやりたいわ!」と本気で怒ってくれた。

 優華ちゃんは「でも由紀ちゃんが今、此処に居てくれて嬉しい」と泣いてくれた。

 香織ちゃんは「私に出来ることがあったら、何でもするから!」と言ってくれた。

 詩音ちゃんは「食事を作りに行くわ。栄養管理は任せてよね♪」と笑ってくれた。

  

 それから香織ちゃんは心理学の教授に、「遠い親戚の子で、こんな目に遭った子が居るんですけど……」と私の名前を伏せて相談を持ちかけて、教授からのアドバイスを伝えてくれた。

 本当は、私自身が専門のカウンセリングを受けた方がいいのは分かっていたんだけど……

―― どうしても行けなかったから……

 

 詩音ちゃんは隔週の土曜日に、私の家まで来て食事を作ってくれた。「ホントは毎週でも来たいんだけど、彼が拗ねちゃうから……。ごめんね」と言いながら。

 陽子ちゃんと優華ちゃんは時々泊まりに来てくれて……彼女たちとのおしゃべりは、とても楽しくて嬉しかった。

 

    今まで、誰にも相談できなかった。

    他人に話すのが怖くて、何も言えなかった。

 

 不眠症は、随分と良くなったけれど……あれからずっと、暗闇が怖いままの私。

 でも彼女たちに打ち明けてから、心が軽くなっていくのを感じた。

 そして……彼女たちには感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

「同時通訳士になりたいから、アメリカに留学するの♪ 子供の頃からの夢でね」
と陽子ちゃん。

「同じ保育園に就職するのよ。実は私たち、高校の時から同級生なの。ね〜♪」
と優華ちゃんと香織ちゃん。

「彼がバスケの選手でね。専属の栄養士になって彼を支えて、共に歩んで行くの」と詩音ちゃん。 

 私は事務機の販売会社に、就職が決まった。

 

 進む道は違うけれど、私たちは……私たちの心は、ずっと一緒……

 

2009.08.03. up.  2011.05.29. 加筆修正.

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