愛する人と共に

(Wedding 顛末記 3)

 

 

≪香織の『仕事』のことで話し合っている2人。だが、結論は出ないままで…≫

 

 

「結婚退職しろ」

仕事帰りに寄ったレストラン。そろそろ帰ろうかという時に、琢磨さんが言った。

 

「まだ勤めて一年も経ってないのに、どうしてそんなこと言うの? 室長の仕事にも慣れてきて楽しくなってきたし、一緒に仕事した――」

「ダメだ!!」

「…琢磨さんは横暴よ! 理由も何も言わないで『仕事を辞めろ』ばっかりで……
それって上司命令なの!?」

 

 

 

いつも『続けたい理由』を話す私と、『辞めてほしい理由』を話さない琢磨さん。

   「どうして?」って聞いても、「辞めてくれ」としか言ってくれなくて…

   そんなだから、ずっと平行線のままで一週間が過ぎようとしている。

でも今日は「結婚退職しろ」と命令形で言われた挙句、話の途中で遮られて……滅多に腹を立てない私が怒りに任せて、とんでもないことを言ってしまった。

言った途端に「あ!」って思った。

冷静だったら…ううん違う! 普段でも、あんなことは絶対に言わない!

なのに琢磨さんは……

 

 

 

「『上司命令だ』と言えば、お前は言うことをきくのか!? …なら、命令しよう」

「!! …ど、して? どうしてそんな…『話し合い』じゃなくて『命令』になるの?
琢磨さんなんて…そんな琢磨さんなんて、大っ嫌い!」

「おい、香織っ!!」

 

 

バッグを持って席を立ち、琢磨さんの声を無視して店の外へ飛び出す。

涙が頬を伝って流れるのも構わずに、夜の街を走り抜けていく……。 

ショックだった。

悲しかった。

『命令』という言葉が………

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

「釣りは要らん」

そう言って慌ててレストランを出てみると…街行く人々が一様に驚いた顔をして、同じ方向を見ている。

その先には、だんだん小さくなっていく後姿が……

「香織!」

俺は追いかけた。

今まで、こんなに必死になって走ったことはなかった。

後を追いたいモノなど、俺には存在しなかった。

彼女を失うのが、こんなに怖いとは…

そう。

香織がレストランを飛び出したとき、俺は『失う恐怖』というのを初めて感じた。

 

 

 

「琢磨さんと一緒に仕事をしたい」と香織は言う。だが俺は…

   職場でも、香織には俺以外の男と話してほしくない。

   ましてや笑いかけるなど!

   そんな姿を見てしまったら、俺は平常心で居られない。

   ONとOFFの区別さえ、付かなくなってしまいそうだ。

   いつも香織を抱きしめていたいと思っているのに……

 

家の中に居て、俺だけを想って待っていてほしい、というのは…俺の我が儘だ。それくらいのことは理解している。

だが頭では理解していても、気持ちは別モノだ。

己自身のことなのに、感情が上手く制御できないでいる。

 …情けない…

 

あんな言葉、言うつもりなんてなかった。

もっと冷静に話をしていれば、彼女も俺の気持ちを理解してくれただろうに…

 

 

『そんな琢磨さんなんて、大っ嫌い!』

言葉と共に涙を浮かべた香織の表情が、頭から離れない。

「くそっ」

俺は、不甲斐無い己を叱咤しながら走った。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

人気の無い夜の公園。

ベンチに座った私は、まだ泣き止めずにいた。

 

 

職場結婚をすると、夫婦の職場が離れたりするけど…私と琢磨さんは違う。

「結婚したら、私…異動するんですか?」

この前、心配になって社長に聞いてみたけど…

「君は室長だから、異動の対象にはならない。清水課長も、ね。…安心した?」

「はい。ありがとうございます」

お礼を言いながら、心の中で「ラッキ〜♪」と思っていたのは内緒。

でも社長はニヤニヤしていたから…私の考えなんて、バレてたみたいだった。

 

 

『一緒に通勤して、同じ職場で仕事をして…二人の家に帰宅する』

これが私の望むこと。 

私はいつも琢磨さんと一緒に居たいと思ってる。

 …でも、琢磨さんは…そう思ってないのかなぁ…

 

『妊娠した場合は、出産前まで働いて退職する』

これも私の望むこと。

まだ琢磨さんには話してないけど…社長は了承してくれた。

 

 

保育士をしているとき、ずっと思っていたことがある。

「他人の子供が、あんなに可愛いなんて! それなら自分の子供は尚更…」と。

だから「状況が許してくれるなら、自分の子供は自分で育てたいな」と…まだ彼氏さえも居ないのに、そんなことを漠然と考えていた。

でも…愛する人が居る今は、心からそう思う。

私たちの子供は必ず、可愛くて愛しい存在になるに違いない! と…。

 

 

 

琢磨さんが言ったあの言葉は、とてもショックで悲しかった。

だけど私の頭の中は『琢磨さん』でいっぱい。

なのに…

大好きな人に向かって「大っ嫌い!」なんて言っちゃった。

 …私、バカだ……

 

そう思ったら、後悔ばかりが押し寄せてきて…止まりかけてた涙が、また零れた。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

人々の視線の先を追いかけて走り回って…辿り着いた、夜の公園。

ベンチに腰掛けて顔を覆っている彼女の姿を確認したとき、俺は漸く安堵の息をつくことができた。

「香織…」

「…琢磨さん…」

きつく抱きしめた体は、冷えきっていた。

 

 

それから俺たちは、駐車場に停めてある車に戻って話し合った。

互いに心の中で考えていることの全てを曝け出し、そして……再び、熱い抱擁と口づけを交わすことができた。

 

 

 

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