愛する人と共に(Wedding 顛末記 3)
≪香織の『仕事』のことで話し合っている2人。だが、結論は出ないままで…≫
「結婚退職しろ」 仕事帰りに寄ったレストラン。そろそろ帰ろうかという時に、琢磨さんが言った。
「まだ勤めて一年も経ってないのに、どうしてそんなこと言うの? 室長の仕事にも慣れてきて楽しくなってきたし、一緒に仕事した――」 「ダメだ!!」 「…琢磨さんは横暴よ! 理由も何も言わないで『仕事を辞めろ』ばっかりで……
いつも『続けたい理由』を話す私と、『辞めてほしい理由』を話さない琢磨さん。 「どうして?」って聞いても、「辞めてくれ」としか言ってくれなくて… そんなだから、ずっと平行線のままで一週間が過ぎようとしている。 でも今日は「結婚退職しろ」と命令形で言われた挙句、話の途中で遮られて……滅多に腹を立てない私が怒りに任せて、とんでもないことを言ってしまった。 言った途端に「あ!」って思った。 冷静だったら…ううん違う! 普段でも、あんなことは絶対に言わない! なのに琢磨さんは……
「『上司命令だ』と言えば、お前は言うことをきくのか!? …なら、命令しよう」 「!! …ど、して? どうしてそんな…『話し合い』じゃなくて『命令』になるの? 「おい、香織っ!!」
バッグを持って席を立ち、琢磨さんの声を無視して店の外へ飛び出す。 涙が頬を伝って流れるのも構わずに、夜の街を走り抜けていく……。 ショックだった。 悲しかった。 『命令』という言葉が………
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「釣りは要らん」 そう言って慌ててレストランを出てみると…街行く人々が一様に驚いた顔をして、同じ方向を見ている。 その先には、だんだん小さくなっていく後姿が…… 「香織!」 俺は追いかけた。 今まで、こんなに必死になって走ったことはなかった。 後を追いたいモノなど、俺には存在しなかった。 彼女を失うのが、こんなに怖いとは… そう。 香織がレストランを飛び出したとき、俺は『失う恐怖』というのを初めて感じた。
「琢磨さんと一緒に仕事をしたい」と香織は言う。だが俺は… 職場でも、香織には俺以外の男と話してほしくない。 ましてや笑いかけるなど! そんな姿を見てしまったら、俺は平常心で居られない。 ONとOFFの区別さえ、付かなくなってしまいそうだ。 いつも香織を抱きしめていたいと思っているのに……
家の中に居て、俺だけを想って待っていてほしい、というのは…俺の我が儘だ。それくらいのことは理解している。 だが頭では理解していても、気持ちは別モノだ。 己自身のことなのに、感情が上手く制御できないでいる。 …情けない…
あんな言葉、言うつもりなんてなかった。 もっと冷静に話をしていれば、彼女も俺の気持ちを理解してくれただろうに…
『そんな琢磨さんなんて、大っ嫌い!』 言葉と共に涙を浮かべた香織の表情が、頭から離れない。 「くそっ」 俺は、不甲斐無い己を叱咤しながら走った。
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人気の無い夜の公園。 ベンチに座った私は、まだ泣き止めずにいた。
職場結婚をすると、夫婦の職場が離れたりするけど…私と琢磨さんは違う。 「結婚したら、私…異動するんですか?」 この前、心配になって社長に聞いてみたけど… 「君は室長だから、異動の対象にはならない。清水課長も、ね。…安心した?」 「はい。ありがとうございます」 お礼を言いながら、心の中で「ラッキ〜♪」と思っていたのは内緒。 でも社長はニヤニヤしていたから…私の考えなんて、バレてたみたいだった。
『一緒に通勤して、同じ職場で仕事をして…二人の家に帰宅する』 これが私の望むこと。 私はいつも琢磨さんと一緒に居たいと思ってる。 …でも、琢磨さんは…そう思ってないのかなぁ…
『妊娠した場合は、出産前まで働いて退職する』 これも私の望むこと。 まだ琢磨さんには話してないけど…社長は了承してくれた。
保育士をしているとき、ずっと思っていたことがある。 「他人の子供が、あんなに可愛いなんて! それなら自分の子供は尚更…」と。 だから「状況が許してくれるなら、自分の子供は自分で育てたいな」と…まだ彼氏さえも居ないのに、そんなことを漠然と考えていた。 でも…愛する人が居る今は、心からそう思う。 私たちの子供は必ず、可愛くて愛しい存在になるに違いない! と…。
琢磨さんが言ったあの言葉は、とてもショックで悲しかった。 だけど私の頭の中は『琢磨さん』でいっぱい。 なのに… 大好きな人に向かって「大っ嫌い!」なんて言っちゃった。 …私、バカだ……
そう思ったら、後悔ばかりが押し寄せてきて…止まりかけてた涙が、また零れた。
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人々の視線の先を追いかけて走り回って…辿り着いた、夜の公園。 ベンチに腰掛けて顔を覆っている彼女の姿を確認したとき、俺は漸く安堵の息をつくことができた。 「香織…」 「…琢磨さん…」 きつく抱きしめた体は、冷えきっていた。
それから俺たちは、駐車場に停めてある車に戻って話し合った。 互いに心の中で考えていることの全てを曝け出し、そして……再び、熱い抱擁と口づけを交わすことができた。 |
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