出会い/恋 (過去)(3.尚吾)
尚吾は咄嗟に階段の手すりを掴むと、すぐ隣に立っている人物に目をやった。 それは「見よう」と思って意識したのではなく、『事前に手すりを掴めて、危険に備えることができた』という安心感からくる無意識下での行動だった。 が… それは運命の出会いだった。
なぜならその人物は、真っ青な顔で階段の上部を見て震えているセーラー服姿の女子学生で… のちに、尚吾の『最愛の女性』となる人であった。
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(危ない!) 尚吾は、すぐさま彼女の腕を掴んで引き寄せた。 力を入れれば折れてしまいそうな細い腕。 服の上からでも分かる華奢な身体。 だが力の加減をしている余裕など無い。 とにかく必死だった。 ただ『彼女を助けないと!』という思いだけが、尚吾の身体を動かしていた。
彼女の身体を懐に入れ、両手で手すりをしっかりと握り、衝撃に耐える。 たくさんの悲鳴や怒号の中…落ちてくる人が次々に、肩や背中に当たっていく。 想像していた以上の痛みだったけれど、尚吾は呻き声一つ上げなかった。 己の胸の中で震えている、この人を守りたい! 不用意に声を出して、彼女の不安を煽りたくない! その一心で、歯を食いしばった。
周囲が鎮まり「救急車!!」と誰かが叫ぶ声を聞いたとき、尚吾は漸く体の力を抜くことが出来た。と同時に 「う……」 それまで我慢していた呻き声を漏らした。 途端に彼女の身体が強張り、恐る恐る尚吾を見上げてきた。 「…ごめんなさい、すみません…」 泣きそうな顔で謝ってくる彼女と目が合ったとき、尚吾は己の失態を悔やんだ。
気を緩めて、呻き声を漏らしてしまったことに 彼女に、こんな顔をさせてしまったことに……
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それからの駅構内は救急隊員や警察関係者も加わり、騒然となっていった。 幸いにも尚吾は打ち身だけだったので、駅近くの外科病院で診察してもらうことになった。 が…彼女も付いてくると言う。
「私を助けたばっかりに……」 「僕が勝手に助けたんだから、君が責任を感じなくてもいいんだ。それに打ち身だけなんだし…大した怪我じゃないよ?」 「お願いです、一緒に行かせてください」 涙をいっぱい溜めた目で訴えられては仕方がない。 (僕も甘いな)
「…分かった。僕は社に連絡を入れるから、君も…学校に電話をした方がいいんじゃないか? もうこんな時間だから、遅刻は決定だろ?」 しかし駅前に4つ在る電話ボックスの全てには、長い行列ができている。 尚吾は携帯で会社に連絡を入れると、彼女に手渡した。 「あの状態だと、いつ順番がくるかわからないからね。これを使えばいい」 「あ、…ありがとうございます」
携帯で話している内容を、耳を欹(そばだ)てて聞いた訳でもないのだが… そして互いに自己紹介をした2人は、尚吾の診察が終わるまでずっと離れることはなかった。 |
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