出会い/恋 (過去)

(3.尚吾)

 

 

尚吾は咄嗟に階段の手すりを掴むと、すぐ隣に立っている人物に目をやった。

それは「見よう」と思って意識したのではなく、『事前に手すりを掴めて、危険に備えることができた』という安心感からくる無意識下での行動だった。

が…

それは運命の出会いだった。

 

なぜならその人物は、真っ青な顔で階段の上部を見て震えているセーラー服姿の女子学生で…

のちに、尚吾の『最愛の女性』となる人であった。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

(危ない!)

尚吾は、すぐさま彼女の腕を掴んで引き寄せた。

   力を入れれば折れてしまいそうな細い腕。

   服の上からでも分かる華奢な身体。

だが力の加減をしている余裕など無い。

とにかく必死だった。

ただ『彼女を助けないと!』という思いだけが、尚吾の身体を動かしていた。

 

 

彼女の身体を懐に入れ、両手で手すりをしっかりと握り、衝撃に耐える。

たくさんの悲鳴や怒号の中…落ちてくる人が次々に、肩や背中に当たっていく。

想像していた以上の痛みだったけれど、尚吾は呻き声一つ上げなかった。

   己の胸の中で震えている、この人を守りたい!

   不用意に声を出して、彼女の不安を煽りたくない!

その一心で、歯を食いしばった。

 

 

 

周囲が鎮まり「救急車!!」と誰かが叫ぶ声を聞いたとき、尚吾は漸く体の力を抜くことが出来た。と同時に

「う……」

それまで我慢していた呻き声を漏らした。

途端に彼女の身体が強張り、恐る恐る尚吾を見上げてきた。

「…ごめんなさい、すみません…」

泣きそうな顔で謝ってくる彼女と目が合ったとき、尚吾は己の失態を悔やんだ。

 

気を緩めて、呻き声を漏らしてしまったことに

彼女に、こんな顔をさせてしまったことに……

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

それからの駅構内は救急隊員や警察関係者も加わり、騒然となっていった。

幸いにも尚吾は打ち身だけだったので、駅近くの外科病院で診察してもらうことになった。

が…彼女も付いてくると言う。

 

「私を助けたばっかりに……」

「僕が勝手に助けたんだから、君が責任を感じなくてもいいんだ。それに打ち身だけなんだし…大した怪我じゃないよ?」

「お願いです、一緒に行かせてください」

涙をいっぱい溜めた目で訴えられては仕方がない。

(僕も甘いな)

 

「…分かった。僕は社に連絡を入れるから、君も…学校に電話をした方がいいんじゃないか? もうこんな時間だから、遅刻は決定だろ?」

しかし駅前に4つ在る電話ボックスの全てには、長い行列ができている。

尚吾は携帯で会社に連絡を入れると、彼女に手渡した。

「あの状態だと、いつ順番がくるかわからないからね。これを使えばいい」

「あ、…ありがとうございます」

 

 

携帯で話している内容を、耳を欹(そばだ)てて聞いた訳でもないのだが…
尚吾は、彼女の名前と学年を知った。

そして互いに自己紹介をした2人は、尚吾の診察が終わるまでずっと離れることはなかった。

 

 

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