出会い/恋 (過去)(4.綾女)
自分に向かって落ちてくる人々を見たときは、恐怖で身体が竦んでしまった。 怖かった。本当に怖かった。 でも彼は、あの恐怖から救ってくれた。身を挺して守ってくれた。 密着している背中から伝わってくる彼の体温は、暖かくて…とても安心できた。 けれども恐ろしかった時が過ぎ、事態も漸く収まり 「う……」 彼が力を緩めたときに漏れた呻き声を聞いたとき、綾女はハッと我に返った。 (私の所為だわ!)
彼と密着していたから、凄まじい衝撃は綾女の身体にも伝わっていた。 彼があの痛みを全て引き受けてくれたんだ、と…今になって初めて気付いた。 彼1人だけで手すりに身を寄せていれば、あんな痛い思いをしなかったろうに。 (私を庇ったばかりに……)
「…ごめんなさい、すみません…」 綾女は申し訳なく思う気持ちでいっぱいになり、泣きたくなった。
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警察関係者から事故の状況を聴かれている間も、彼の怪我のことが心配で心配で仕方がなかったから……綾女は彼に頼み込んで、病院に付いて行った。
回りに居る男性は皆、綾女に命令し…服従させようとする者たちばかりだった。 綾女は、こんなに優しい男性に出会ったのは初めてだった。 怪我をさせてしまったことは、とても申し訳なく…責任を感じている。けれども心の片隅には「彼が守ってくれて嬉しい」という気持ちも、確かに存在していた。 だから、かもしれないが… 綾女は尚吾と話をしているうちに好意を持つようになった。 (このまま別れてしまいたくない)
けれども自分の意思で、自分から異性に声を掛けるなんて…そんな経験が無い綾女には、何をどう言えばいいのか分からなかった。 この治療が終わって『さよなら』してしまったら、尚吾とはもう会えないだろう。 (それでいいの? …ううん、そんなのイヤだわ!)
「あの…助けていただいた御礼をさせてください…」 綾女は異性に対して、生まれて初めて自分から声を掛けた。 精一杯の勇気を出して……
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それが切っ掛けとなり、綾女と尚吾は連絡を取って会うようになった。 親しくなって互いのことを話しているうちに…利用している駅は違うけれど、近く(徒歩7分ほどの所)に住んでいることが判明した。
「就職してから此処に引っ越したんだ」 「どうして今まで会わなかったのかしら…」 「会ってたと思うよ、『他人』としてね。でも今は『知人』として此処に居る」 「! ……そうですね…」
尚吾の口から『知人』という言葉を聞いた綾女はショックを受けた。 『僕たちの関係は知人であり、それ以上の何ものでもない』と、線を引かれたように思えたからだ。かといって『友人』という言葉で表現されるのも嫌だ。 一瞬、胸が苦しくなった。 なんとも言えない気持ちになり、それを尚吾に気付かれたくなくて俯いて答えたけれど…声が震えていたかもしれない。
このとき綾女は確信した。尚吾が好きだ、ということを。 たとえ彼が自分のことを想ってくれていなくても…… |
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