出会い/恋 (過去)

(4.綾女)

 

 

自分に向かって落ちてくる人々を見たときは、恐怖で身体が竦んでしまった。

怖かった。本当に怖かった。

でも彼は、あの恐怖から救ってくれた。身を挺して守ってくれた。

密着している背中から伝わってくる彼の体温は、暖かくて…とても安心できた。

けれども恐ろしかった時が過ぎ、事態も漸く収まり

「う……」

彼が力を緩めたときに漏れた呻き声を聞いたとき、綾女はハッと我に返った。

(私の所為だわ!)

 

 

彼と密着していたから、凄まじい衝撃は綾女の身体にも伝わっていた。

彼があの痛みを全て引き受けてくれたんだ、と…今になって初めて気付いた。

彼1人だけで手すりに身を寄せていれば、あんな痛い思いをしなかったろうに。

(私を庇ったばかりに……)

 

「…ごめんなさい、すみません…」

綾女は申し訳なく思う気持ちでいっぱいになり、泣きたくなった。

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

警察関係者から事故の状況を聴かれている間も、彼の怪我のことが心配で心配で仕方がなかったから……綾女は彼に頼み込んで、病院に付いて行った。

 

 

回りに居る男性は皆、綾女に命令し…服従させようとする者たちばかりだった。
なのに彼―― 酉島尚吾は、とても優しくて…身を挺して守ってくれて……

綾女は、こんなに優しい男性に出会ったのは初めてだった。

怪我をさせてしまったことは、とても申し訳なく…責任を感じている。けれども心の片隅には「彼が守ってくれて嬉しい」という気持ちも、確かに存在していた。

だから、かもしれないが…

綾女は尚吾と話をしているうちに好意を持つようになった。

(このまま別れてしまいたくない)

 

けれども自分の意思で、自分から異性に声を掛けるなんて…そんな経験が無い綾女には、何をどう言えばいいのか分からなかった。

この治療が終わって『さよなら』してしまったら、尚吾とはもう会えないだろう。

(それでいいの? …ううん、そんなのイヤだわ!)

 

 

「あの…助けていただいた御礼をさせてください…」

綾女は異性に対して、生まれて初めて自分から声を掛けた。

精一杯の勇気を出して……

 

 

* * * ☆ * * * ☆ * * * ☆ * * *

 

 

それが切っ掛けとなり、綾女と尚吾は連絡を取って会うようになった。

親しくなって互いのことを話しているうちに…利用している駅は違うけれど、近く(徒歩7分ほどの所)に住んでいることが判明した。

 

「就職してから此処に引っ越したんだ」

「どうして今まで会わなかったのかしら…」

「会ってたと思うよ、『他人』としてね。でも今は『知人』として此処に居る」

「! ……そうですね…」

 

尚吾の口から『知人』という言葉を聞いた綾女はショックを受けた。

『僕たちの関係は知人であり、それ以上の何ものでもない』と、線を引かれたように思えたからだ。かといって『友人』という言葉で表現されるのも嫌だ。

一瞬、胸が苦しくなった。

なんとも言えない気持ちになり、それを尚吾に気付かれたくなくて俯いて答えたけれど…声が震えていたかもしれない。

 

 

このとき綾女は確信した。尚吾が好きだ、ということを。

たとえ彼が自分のことを想ってくれていなくても……

 

 

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